ショートショート 555
●自縄自縛
友達はいつも自分の顔を気にしていた。
このせいでだれからも好かれない、他の人から笑われる。
……でも、それは思い込みだけだと思う。
同性から見たってすごい顔でも、
そんなの気にならないくらい輝いてるすてきなひとがいる。
たぶん、大事なのは他人から見える自分でなく、
自分で見る自分なんだ。
だから、
「ねえ、整形してみるのはどう?」
わたしは彼女に本気で提案した。
顔を変えるのはたいした問題じゃない。
たとえ変わってなくても、本人が自分を肯定的に
とらえられるようになることのほうが重要だと思うから。
それから何か月か。本当に手術を受けた彼女の顔は
造形的に美しくなった。でも表情は暗く沈んだまま。
「どうしたの? 気になってた部分、変わったんでしょ?」
訊ねると、
「うん……。でも、ほんとに良かったのかな。
おかあさんがわたしに生んでくれたのに、
わたしは自分を無理やり変えちゃったんだ」
泣きそうな顔で、友達は深く悲しいため息をついた。
友達はいつも自分の顔を気にしていた。
このせいでだれからも好かれない、他の人から笑われる。
……でも、それは思い込みだけだと思う。
同性から見たってすごい顔でも、
そんなの気にならないくらい輝いてるすてきなひとがいる。
たぶん、大事なのは他人から見える自分でなく、
自分で見る自分なんだ。
だから、
「ねえ、整形してみるのはどう?」
わたしは彼女に本気で提案した。
顔を変えるのはたいした問題じゃない。
たとえ変わってなくても、本人が自分を肯定的に
とらえられるようになることのほうが重要だと思うから。
それから何か月か。本当に手術を受けた彼女の顔は
造形的に美しくなった。でも表情は暗く沈んだまま。
「どうしたの? 気になってた部分、変わったんでしょ?」
訊ねると、
「うん……。でも、ほんとに良かったのかな。
おかあさんがわたしに生んでくれたのに、
わたしは自分を無理やり変えちゃったんだ」
泣きそうな顔で、友達は深く悲しいため息をついた。
ショートショート 553
●ロリとペド
「おいしい?」
「うん!」
買い物の帰りに三歳になる娘と、
普段入らないファミリーレストランで食事。
ごきげんでお子様ランチをほおばる姿を見ていると、
後ろから男性三人の会話が聞こえてきた。
「「ばか。こんなのと一緒にするな」」
重なる二人の声。
「あんな男か女かもわからないようなおこちゃまなんて範囲外だ」
「神の子から落ちた女性もどきなんて範囲外だ」
ほぼ同時に二人が言うと、
「わっかんねえなあ。なにが違うんだよ」
別の一人が言った。
「少女好きがロリで、幼女好きがペドだ。全然違うだろ」
ぎくりとしてわたしは思わず娘を見る。
「で、結局そういうのが犯罪に走るんだろ?」
「「ばかやろう」」
また重なる声。
「「あんなのは少女[幼女]好きのクズだ。
好きだからこそ近づかない。遠くから愛で、慈しむのが愛だ」」
「そんなもんかねえ。おれはわからないな」
「だまれ、年増好み」「この肉欲狂い」
「な、なんだよ」
ふたりから言い返されてたじろぐ一人。
わたしはこの場にいることに言い知れぬ不安を覚え、
娘をつれてそそくさと店を去った。
「おいしい?」
「うん!」
買い物の帰りに三歳になる娘と、
普段入らないファミリーレストランで食事。
ごきげんでお子様ランチをほおばる姿を見ていると、
後ろから男性三人の会話が聞こえてきた。
「「ばか。こんなのと一緒にするな」」
重なる二人の声。
「あんな男か女かもわからないようなおこちゃまなんて範囲外だ」
「神の子から落ちた女性もどきなんて範囲外だ」
ほぼ同時に二人が言うと、
「わっかんねえなあ。なにが違うんだよ」
別の一人が言った。
「少女好きがロリで、幼女好きがペドだ。全然違うだろ」
ぎくりとしてわたしは思わず娘を見る。
「で、結局そういうのが犯罪に走るんだろ?」
「「ばかやろう」」
また重なる声。
「「あんなのは少女[幼女]好きのクズだ。
好きだからこそ近づかない。遠くから愛で、慈しむのが愛だ」」
「そんなもんかねえ。おれはわからないな」
「だまれ、年増好み」「この肉欲狂い」
「な、なんだよ」
ふたりから言い返されてたじろぐ一人。
わたしはこの場にいることに言い知れぬ不安を覚え、
娘をつれてそそくさと店を去った。
ショートショート 552
●持ってない
修学旅行のバスの後ろのほう。
大半がもてない男子のバカ話がきこえてきた。
はじめはまったく興味の無い話だったけれど、
彼女にするなら譲れないものという話題が出て
わたしはこっそり耳を傾ける。
「おれはムネがでかいのがいいな」
まっさきに口を開いた男子。
ああ、いるいる。体だけ目当てみたいなの。
「おれはかわいい子がいい。きれいより、かわいいのがいいよな」
あ〜、とか声をもらしながら
周りがうなづいているみたいだった。
「おれは絶対ちっこい子だな」
なんだ、ロリコンか。……ちがう、背だ、背!
そんなやりとりが聞こえてくる。
「おれは、趣味とか好みとかが同じのがいいな」
ああ、それならわかる。
おなじものを一緒にやれたら楽しいもんね。
「おまえは?」
「ん〜。実感わかないし、よくわからないけど」
あ、この声……。
わたしは息を殺して続く言葉を待った。
「おれは、おれのことを好きなひとがいい」
「安い!」
瞬間に周りからあがるつっこみの声。
「な、なんだよ。どんなにかわいくたって趣味が同じだって、
こっちのこと好きでもなかったらなんにもならないだろ」
それはそうなんだけど。
わたしは心でつぶやいた。
みんなそれを前提にして、
その上で何が欲しいか言ってるんだよ、たぶん。
……そんなこと思いもしない彼が、
なんだかいっそういとしく思えた。
修学旅行のバスの後ろのほう。
大半がもてない男子のバカ話がきこえてきた。
はじめはまったく興味の無い話だったけれど、
彼女にするなら譲れないものという話題が出て
わたしはこっそり耳を傾ける。
「おれはムネがでかいのがいいな」
まっさきに口を開いた男子。
ああ、いるいる。体だけ目当てみたいなの。
「おれはかわいい子がいい。きれいより、かわいいのがいいよな」
あ〜、とか声をもらしながら
周りがうなづいているみたいだった。
「おれは絶対ちっこい子だな」
なんだ、ロリコンか。……ちがう、背だ、背!
そんなやりとりが聞こえてくる。
「おれは、趣味とか好みとかが同じのがいいな」
ああ、それならわかる。
おなじものを一緒にやれたら楽しいもんね。
「おまえは?」
「ん〜。実感わかないし、よくわからないけど」
あ、この声……。
わたしは息を殺して続く言葉を待った。
「おれは、おれのことを好きなひとがいい」
「安い!」
瞬間に周りからあがるつっこみの声。
「な、なんだよ。どんなにかわいくたって趣味が同じだって、
こっちのこと好きでもなかったらなんにもならないだろ」
それはそうなんだけど。
わたしは心でつぶやいた。
みんなそれを前提にして、
その上で何が欲しいか言ってるんだよ、たぶん。
……そんなこと思いもしない彼が、
なんだかいっそういとしく思えた。
ショートショート 551
●完璧なうそ
かねてから評判の悪かった医者が病院を首になり、
病院はその話でもちきりになった。
「しょうがないな、あいつは」
コーヒーを飲みながら、ちょうど一緒になった同僚に言う。
おれも同じ科の医者としてあいつと顔をあわせていたが、
おれから見たってろくなやつではなかった。
「ああ、へたなうそなんかつくからだ」
応える同僚。
「ええ? うそ?」
「そうだ。金が好き、権威が好き、患者はバカで
自分より腕のいい医者は敵。それをごまかそうとしながら
中途半端にうそつくから、結局は金も権威も失った。
……半端なうそはつくな。うそをつくなら突き通せ」
患者からも評判がよく、仲間内でも悪いことはきかない
そいつから出る言葉とは思えなかった。
「突き通す、ってどうやるんだ」
「金と権威が好きなら、それが手に入るうそをつけばいい。
患者に評判よく言われるように振る舞い、
お偉いには目をかけられるように行動し、
それがうそだとはだれ一人にもこぼさないし、
気づかれない。あとは自分の心にもうそをつき、
秘密を墓にまで持って行けばいい。
それくらいの覚悟もなしにうそはつくもんじゃない」
「それって……」
はたから見ていれば、ほんとにただのいい奴なんじゃないか?
そう思って、おれは。
そんなうそならだまされみてもいい気がした。
かねてから評判の悪かった医者が病院を首になり、
病院はその話でもちきりになった。
「しょうがないな、あいつは」
コーヒーを飲みながら、ちょうど一緒になった同僚に言う。
おれも同じ科の医者としてあいつと顔をあわせていたが、
おれから見たってろくなやつではなかった。
「ああ、へたなうそなんかつくからだ」
応える同僚。
「ええ? うそ?」
「そうだ。金が好き、権威が好き、患者はバカで
自分より腕のいい医者は敵。それをごまかそうとしながら
中途半端にうそつくから、結局は金も権威も失った。
……半端なうそはつくな。うそをつくなら突き通せ」
患者からも評判がよく、仲間内でも悪いことはきかない
そいつから出る言葉とは思えなかった。
「突き通す、ってどうやるんだ」
「金と権威が好きなら、それが手に入るうそをつけばいい。
患者に評判よく言われるように振る舞い、
お偉いには目をかけられるように行動し、
それがうそだとはだれ一人にもこぼさないし、
気づかれない。あとは自分の心にもうそをつき、
秘密を墓にまで持って行けばいい。
それくらいの覚悟もなしにうそはつくもんじゃない」
「それって……」
はたから見ていれば、ほんとにただのいい奴なんじゃないか?
そう思って、おれは。
そんなうそならだまされみてもいい気がした。
ショートショート 550
●近くて遠い世界
友人とふたり、おれの家で適当に遊んでいたら
彼女から電話がかかってきた。
「いまいい?」
「あ、ごめん。いま友達来てるんだ」
「……女の子?」
ぼそっと低い声で。
「ちがうよ。前話したあいつだよ」
すると、
「え、うそ! あのモデルの人?」
驚くべき喜びようで訊ねた。
「ああ、モデラーな」
「友達と一緒にそっち行っていい?」
「まあ、いいけど、なにす」
言い切る前にも電話が切れた。
「なんだって?」
横から友達。
「いや、なんか彼女が……。友達連れてこっちに来るって」
「急ぎの用なら帰ろうか?」
「いや? なんか、おまえに会いたがってるみたいだけど」
「ええ?」
そして彼女とその友達が来た。
「わあ、はじめまして」
はしゃぎながら挨拶をする二人。
どちらかといえば普通よりすこし上の顔だが、
それほどもてはやすようなものだろうか?
「モデルやってるんですよね」
言う彼女に、
「うん? モデリング?」
「ショーとか出たことあるんですよね」
「あ、うん」
めずらしい相手に気おされるように答えるあいつ。
「わあ、すごい。有名なところから声かかったりするんですか?」
「そうだね。最近はようやく断れるくらいに仕事も入るようになったし」
「じゃあもう、ブランドものの仕事だけですか?」
「いや……そうでもないよ。稼げるってほどじゃないけど、
自分のブランドでもちょくちょくやってる」
「すごい! 服も作っちゃうんですか」
「え?」
え?
おれとあいつはどちらからということもなく立ち上がり、
彼女たちに背を向けて二人で流しの前に並んだ。
「ま、まずいぞ。あの方たち
なにか激しく勘違いしていらっしゃらないか?」
限りなく抑えた声でぼそぼそと。
「ああ、どうやらそのようだ」
友人とふたり、おれの家で適当に遊んでいたら
彼女から電話がかかってきた。
「いまいい?」
「あ、ごめん。いま友達来てるんだ」
「……女の子?」
ぼそっと低い声で。
「ちがうよ。前話したあいつだよ」
すると、
「え、うそ! あのモデルの人?」
驚くべき喜びようで訊ねた。
「ああ、モデラーな」
「友達と一緒にそっち行っていい?」
「まあ、いいけど、なにす」
言い切る前にも電話が切れた。
「なんだって?」
横から友達。
「いや、なんか彼女が……。友達連れてこっちに来るって」
「急ぎの用なら帰ろうか?」
「いや? なんか、おまえに会いたがってるみたいだけど」
「ええ?」
そして彼女とその友達が来た。
「わあ、はじめまして」
はしゃぎながら挨拶をする二人。
どちらかといえば普通よりすこし上の顔だが、
それほどもてはやすようなものだろうか?
「モデルやってるんですよね」
言う彼女に、
「うん? モデリング?」
「ショーとか出たことあるんですよね」
「あ、うん」
めずらしい相手に気おされるように答えるあいつ。
「わあ、すごい。有名なところから声かかったりするんですか?」
「そうだね。最近はようやく断れるくらいに仕事も入るようになったし」
「じゃあもう、ブランドものの仕事だけですか?」
「いや……そうでもないよ。稼げるってほどじゃないけど、
自分のブランドでもちょくちょくやってる」
「すごい! 服も作っちゃうんですか」
「え?」
え?
おれとあいつはどちらからということもなく立ち上がり、
彼女たちに背を向けて二人で流しの前に並んだ。
「ま、まずいぞ。あの方たち
なにか激しく勘違いしていらっしゃらないか?」
限りなく抑えた声でぼそぼそと。
「ああ、どうやらそのようだ」
ショートショート 549
●なってるつもり
サークルのメンバーで旅行に行き、民宿に泊まった夜。
お風呂に入っていると男の子たちの方から声が聞こえた。
なんでも気になっている彼が一人先にあがるらしい。
そこでわたしもさっさとお風呂からあがって、
人数分だけ広い男子の部屋に遊びに行くと。
予想通り、湯上りっぽい彼だけが部屋にいて体を冷ますように
ぽけーっと壁によりかかっていた。
「どーも。すっぴんで失礼します」
冗談めかして言いながら入って行くと、
「化粧をしてないと失礼なの?」
彼はわたしの顔をまじまじと見つめて訊いた。
「そりゃあ、だって礼儀みたいなもんだし」
でもかわらずじーっと見て、
「おれは今のほうがいいと思うけど」
「男性にはそれでいいかもしれないけど。
女性にはそうはいかないんだよ」
湯上りでない赤みが頬にさしそうで、目をそらしながらわたしは言った。
「じゃあ、化粧は女同士見せ合うためにやるわけ?」
「そう言われると……違うけどさ」
「いつも気になってたんだよ。
もっとまともな化粧にすればいいのにって」
まとも。
その言葉に多少ぐさっときた。
「うるさいなあ。お化粧もあれで結構難しいんだよ。
そういうならやってみればいいじゃない」
「のった」
「え?」
「道具は?」
体を起こしてわたしのそばに。
「ええ〜。わたしにじゃないよ。自分で、自分で」
「おれが化粧してどうするんだよ。ほら、いいから」
いやだったけど……彼にならいいかと思って、お化粧道具を取ってきた。
そばに近づく彼の顔。その指がわたしに触れて、
恥ずかしさに泳いでしまう目を閉じる。
「顔の色変わるほどはたかなくたって、軽くでいいと思うけどな」
ぱたぱたと肌をたたいていくスポンジ。
「ちょっと〜、変な顔にして笑うなんてなしにしてよ」
「だいじょうぶだって」
彼は答えてそのまま続けた。
「もみあげも長すぎるから落とすよ」
「え? ちょ、ちょっと……」
「刃物ならまかせろ」
そういうことじゃなくて〜。
とまどう間にもじょりじょりとなにか切れて行く音がする。
そして、首筋も。
それからすごい音がして、下から熱い風が来た。
「こんなんで適当に上げて、どう?」
軽くドライヤーをかけて、これでできあがりらしい。
特に何をやってたわけでもないのに、
いきなりお化粧なんてできるわけないじゃない。
なんだか取り返しのつかないことになってしまった自分に
あらかじめ落胆しながら小さな鏡を見ると……
「え?」
「ほら、かわいい」
そこにいるのは、いつもと違うわたし。
そこへ、ばたばたと足音が聞こえ、中へ知った顔が入ってきた。
「卓球してきた〜」
笑顔で入って来た友達がわたしの顔に目をとめて。
「あれ? お化粧変えたんだ? いいじゃない」
にっこりと笑う。
「ねえ」
わたしは振り向いて彼に呼びかけた。
「もう一回やってください」
サークルのメンバーで旅行に行き、民宿に泊まった夜。
お風呂に入っていると男の子たちの方から声が聞こえた。
なんでも気になっている彼が一人先にあがるらしい。
そこでわたしもさっさとお風呂からあがって、
人数分だけ広い男子の部屋に遊びに行くと。
予想通り、湯上りっぽい彼だけが部屋にいて体を冷ますように
ぽけーっと壁によりかかっていた。
「どーも。すっぴんで失礼します」
冗談めかして言いながら入って行くと、
「化粧をしてないと失礼なの?」
彼はわたしの顔をまじまじと見つめて訊いた。
「そりゃあ、だって礼儀みたいなもんだし」
でもかわらずじーっと見て、
「おれは今のほうがいいと思うけど」
「男性にはそれでいいかもしれないけど。
女性にはそうはいかないんだよ」
湯上りでない赤みが頬にさしそうで、目をそらしながらわたしは言った。
「じゃあ、化粧は女同士見せ合うためにやるわけ?」
「そう言われると……違うけどさ」
「いつも気になってたんだよ。
もっとまともな化粧にすればいいのにって」
まとも。
その言葉に多少ぐさっときた。
「うるさいなあ。お化粧もあれで結構難しいんだよ。
そういうならやってみればいいじゃない」
「のった」
「え?」
「道具は?」
体を起こしてわたしのそばに。
「ええ〜。わたしにじゃないよ。自分で、自分で」
「おれが化粧してどうするんだよ。ほら、いいから」
いやだったけど……彼にならいいかと思って、お化粧道具を取ってきた。
そばに近づく彼の顔。その指がわたしに触れて、
恥ずかしさに泳いでしまう目を閉じる。
「顔の色変わるほどはたかなくたって、軽くでいいと思うけどな」
ぱたぱたと肌をたたいていくスポンジ。
「ちょっと〜、変な顔にして笑うなんてなしにしてよ」
「だいじょうぶだって」
彼は答えてそのまま続けた。
「もみあげも長すぎるから落とすよ」
「え? ちょ、ちょっと……」
「刃物ならまかせろ」
そういうことじゃなくて〜。
とまどう間にもじょりじょりとなにか切れて行く音がする。
そして、首筋も。
それからすごい音がして、下から熱い風が来た。
「こんなんで適当に上げて、どう?」
軽くドライヤーをかけて、これでできあがりらしい。
特に何をやってたわけでもないのに、
いきなりお化粧なんてできるわけないじゃない。
なんだか取り返しのつかないことになってしまった自分に
あらかじめ落胆しながら小さな鏡を見ると……
「え?」
「ほら、かわいい」
そこにいるのは、いつもと違うわたし。
そこへ、ばたばたと足音が聞こえ、中へ知った顔が入ってきた。
「卓球してきた〜」
笑顔で入って来た友達がわたしの顔に目をとめて。
「あれ? お化粧変えたんだ? いいじゃない」
にっこりと笑う。
「ねえ」
わたしは振り向いて彼に呼びかけた。
「もう一回やってください」
ショートショート 548
●ば化粧
地方を旅していたときのこと。
道の端にこぢんまりとしたものの立派なおやしろがあり、
その中には何かで真っ白に塗られた石が立っていた。
その前には口紅などの化粧品。
興味をもったわたしは地元の人を見つけ、声をかけてみた。
「これはなにを祀っているんですか?」
「ああ、それはバケショウさまだ」
お年を召した女性が笑う。
その顔は農作業向けのような服装に似合わず、
どこかに出かけるばかりにきれいにお化粧されていた。
「バケショウさま?」
「ああ。何百年もまえ、ここらへんがまだずっと貧しかったとき、
化粧の大切さを教えてくれた人だよ」
「へええ〜」
あらためて白く塗られた石を見て、
女性運動のさきがけだったその人に思いを馳せてみる。
このおばあさんがしっかりとお化粧しているのも、
その影響なのだろうか。
「ずいぶんきれいなかただったんでしょうね」
わたしが言うと、
「いや」
「えっ?」
あまりに短い言葉をききかえす。
「それがな、紅がないなら生肉を。おしろいがないなら麦粉をて。
化粧したのはいいものの、口から血を流し、顔は粉をふいて。
髪もごわごわになったその姿は――まるで悪鬼のようだったそうだよ」
地方を旅していたときのこと。
道の端にこぢんまりとしたものの立派なおやしろがあり、
その中には何かで真っ白に塗られた石が立っていた。
その前には口紅などの化粧品。
興味をもったわたしは地元の人を見つけ、声をかけてみた。
「これはなにを祀っているんですか?」
「ああ、それはバケショウさまだ」
お年を召した女性が笑う。
その顔は農作業向けのような服装に似合わず、
どこかに出かけるばかりにきれいにお化粧されていた。
「バケショウさま?」
「ああ。何百年もまえ、ここらへんがまだずっと貧しかったとき、
化粧の大切さを教えてくれた人だよ」
「へええ〜」
あらためて白く塗られた石を見て、
女性運動のさきがけだったその人に思いを馳せてみる。
このおばあさんがしっかりとお化粧しているのも、
その影響なのだろうか。
「ずいぶんきれいなかただったんでしょうね」
わたしが言うと、
「いや」
「えっ?」
あまりに短い言葉をききかえす。
「それがな、紅がないなら生肉を。おしろいがないなら麦粉をて。
化粧したのはいいものの、口から血を流し、顔は粉をふいて。
髪もごわごわになったその姿は――まるで悪鬼のようだったそうだよ」
ショートショート 544
●玄人好み
放課後、校舎を見回っていると、
教室から女の子たちの声が聞こえてきた。
早く帰るように促そうとしたけれど、
扉を開けようとしたときに耳に入った会話に手が止まる。
「わたしは〜〜君が結構好き」
きゃー とか わー とか、そんな小さな歓声。
そういえばわたしも小学生のとき、こんな会話をしたっけなあ。
「〜〜ちゃんは?」
「わたしは、彼、かな」
ええ〜、と驚きの声があがる。
誰だかはわからないけれど、意外な子らしい。
「だってあいつ、バカだよ?」
ふふふ、と小さな笑い。
「青いねえ。今の歳だと、悪ぶったりきざっぽかったりする男の子が
かっこよく見えるだろうけど、そんなのは将来くすむだけ。
その点、彼はおちゃらけてるけど基本的にものを考えてる。
ああいう子は将来、化けるよ。どんないい男になるかと思うと、
ぞくぞくするねえ」
その言葉に、どこかの妖艶があやしく目を細めている姿を思った。
そして。この子がどんな大人になるのかと思うと、
いろんな意味で将来が心配になった。
放課後、校舎を見回っていると、
教室から女の子たちの声が聞こえてきた。
早く帰るように促そうとしたけれど、
扉を開けようとしたときに耳に入った会話に手が止まる。
「わたしは〜〜君が結構好き」
きゃー とか わー とか、そんな小さな歓声。
そういえばわたしも小学生のとき、こんな会話をしたっけなあ。
「〜〜ちゃんは?」
「わたしは、彼、かな」
ええ〜、と驚きの声があがる。
誰だかはわからないけれど、意外な子らしい。
「だってあいつ、バカだよ?」
ふふふ、と小さな笑い。
「青いねえ。今の歳だと、悪ぶったりきざっぽかったりする男の子が
かっこよく見えるだろうけど、そんなのは将来くすむだけ。
その点、彼はおちゃらけてるけど基本的にものを考えてる。
ああいう子は将来、化けるよ。どんないい男になるかと思うと、
ぞくぞくするねえ」
その言葉に、どこかの妖艶があやしく目を細めている姿を思った。
そして。この子がどんな大人になるのかと思うと、
いろんな意味で将来が心配になった。
ショートショート 541
●料理のさしすせそ
おれのために料理を作ってくれるという彼女の後ろ、
なにやら魔法のように食材がいろいろ姿を変えていくのを観察する。
もちろん一番の対象は食べ物よりも彼女だ。
普段見ることのない彼女の姿がなんだかとても愛しい。
そんなおれに気づいたのか、
「ね、料理のさしすせそって知ってる?」
振り向くと照れたように笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
あの光景は一度見たら忘れられるものではない。
見学に行った醤油工場、木の香りのする樽の前、
屈強な男たちが偉そうな男の前に整列して叫んでいたあの言葉。
『きさまら、料理の基本はなんだ!』
『醤油! 醤油! 醤油!』
つばを散らし、躍動する男の筋肉。
『ならば、料理のさしすせそはなんだ!』
「さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、すじょうゆ、
せうゆ、ソイソース、だろ」
自信に満ちた回答に、
「そんなにしょうゆばっかりじゃ、体に悪いよ……」
逆に驚いたのはおれのほうだ。
「なに? まえ一緒に工場に入ったとき、筋肉男たちが叫んでたぞ」
すると、はっと気づいた顔をして。
「ごめん。おとうさん、ああいう冗談好きだから」
おれのために料理を作ってくれるという彼女の後ろ、
なにやら魔法のように食材がいろいろ姿を変えていくのを観察する。
もちろん一番の対象は食べ物よりも彼女だ。
普段見ることのない彼女の姿がなんだかとても愛しい。
そんなおれに気づいたのか、
「ね、料理のさしすせそって知ってる?」
振り向くと照れたように笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
あの光景は一度見たら忘れられるものではない。
見学に行った醤油工場、木の香りのする樽の前、
屈強な男たちが偉そうな男の前に整列して叫んでいたあの言葉。
『きさまら、料理の基本はなんだ!』
『醤油! 醤油! 醤油!』
つばを散らし、躍動する男の筋肉。
『ならば、料理のさしすせそはなんだ!』
「さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、すじょうゆ、
せうゆ、ソイソース、だろ」
自信に満ちた回答に、
「そんなにしょうゆばっかりじゃ、体に悪いよ……」
逆に驚いたのはおれのほうだ。
「なに? まえ一緒に工場に入ったとき、筋肉男たちが叫んでたぞ」
すると、はっと気づいた顔をして。
「ごめん。おとうさん、ああいう冗談好きだから」

