ショートショート 884
●落差
一国の指導者が、傾きかけた国の財政を立て直すために
とある王国の長に財政支援を求めると、
「ふむ」
たくましい体つき、精悍な顔のその男はあごをなで、
「おっしゃるとおりの金額を用立てることは構いません」
静かな声でそう言った。
「おお、ありがたい!」
よろこびに飛びつくばかりの男だったが、
「ですが……」
王は続ける。
「あなたにも痛みを受けてもらいましょう」
「と、おっしゃいますと?」
「あなたの奥さんと娘さんを一か月、
わたしの元でわたしの好きにさせていただきましょう」
――この男、いかに立派に見えても所詮は女めあてか。
見た目と中身との落差に幻滅を覚えたが、
すぐさま自分の問題でもあることに思い至り、彼は悩んだ末、答えた。
「妻、だけなら」
一か月後。
国を発った彼の妻は家に戻り、荷物を降ろすと言った。
「ねえ、あなた。離婚しましょう」
「ど、どうした。……どんなに穢されても、おまえはおまえだ。
だいじょうぶだから」
なぐさめようとする男をにらみつけ、
「なんであなたはそういう発想しかできないの!」
男が聞いたこともない声で叫んだ。
「あの方はとても礼儀正しかった。一人の確固とした人間、
そして女性として敬いながら接してくれた。
常に国を愛し、国民なんてわけのわからないものじゃなく、
ひとりひとりの個人がどうあるべきかを考え、心を痛めてた。
なのに、あなたはどう? 自分のために税金を無駄に使い、
足りなくなれば改めもせずに無心して済まそうとする。
挙句の果てには自分の保身のためだけにわたしまで差し出す?
あなたには何一つとして自分の痛みなんてないじゃない!」
うろたえる男。
「な、なにを言うんだ。おまえがいない間、
どれだけ心を痛めていたと思うんだ。
眠れない日だって何日もあったんだぞ」
「それだけ? たった、それだけ?
乱暴されると思いながら一人質草みたいに預けられて、
不安なまま過ごしたわたしと、それがおんなじ?」
彼女はためいきより深い息を吐くと、つぶやいた。
「……あなたは人として、指導者として、男として最低。
あの国を知ってしまった今、その落差にもう耐えられそうにない」
一国の指導者が、傾きかけた国の財政を立て直すために
とある王国の長に財政支援を求めると、
「ふむ」
たくましい体つき、精悍な顔のその男はあごをなで、
「おっしゃるとおりの金額を用立てることは構いません」
静かな声でそう言った。
「おお、ありがたい!」
よろこびに飛びつくばかりの男だったが、
「ですが……」
王は続ける。
「あなたにも痛みを受けてもらいましょう」
「と、おっしゃいますと?」
「あなたの奥さんと娘さんを一か月、
わたしの元でわたしの好きにさせていただきましょう」
――この男、いかに立派に見えても所詮は女めあてか。
見た目と中身との落差に幻滅を覚えたが、
すぐさま自分の問題でもあることに思い至り、彼は悩んだ末、答えた。
「妻、だけなら」
一か月後。
国を発った彼の妻は家に戻り、荷物を降ろすと言った。
「ねえ、あなた。離婚しましょう」
「ど、どうした。……どんなに穢されても、おまえはおまえだ。
だいじょうぶだから」
なぐさめようとする男をにらみつけ、
「なんであなたはそういう発想しかできないの!」
男が聞いたこともない声で叫んだ。
「あの方はとても礼儀正しかった。一人の確固とした人間、
そして女性として敬いながら接してくれた。
常に国を愛し、国民なんてわけのわからないものじゃなく、
ひとりひとりの個人がどうあるべきかを考え、心を痛めてた。
なのに、あなたはどう? 自分のために税金を無駄に使い、
足りなくなれば改めもせずに無心して済まそうとする。
挙句の果てには自分の保身のためだけにわたしまで差し出す?
あなたには何一つとして自分の痛みなんてないじゃない!」
うろたえる男。
「な、なにを言うんだ。おまえがいない間、
どれだけ心を痛めていたと思うんだ。
眠れない日だって何日もあったんだぞ」
「それだけ? たった、それだけ?
乱暴されると思いながら一人質草みたいに預けられて、
不安なまま過ごしたわたしと、それがおんなじ?」
彼女はためいきより深い息を吐くと、つぶやいた。
「……あなたは人として、指導者として、男として最低。
あの国を知ってしまった今、その落差にもう耐えられそうにない」
ショートショート 883
●痛みを知らない
「いってえな、ぶっころすぞ!」
電車から降りる男が吠えると、
「ああ? てめえこそ殺すぞ」
乗ろうとしていた男が吠え返した。
急ぎ足で避けるように散っていく周りの中、
「許可!」
一人出てきた男がすがすがしく声を出す。
「なんだてめえ」
二人がにらむと、男はスーツの内ポケットから身分証を出して言った。
「国家許可判定士ですよ」
とまどう男たちを目に写し、
「お二人の合意があることですし、国の許可の元、
お互いのお望みどおり殺しあっていただきます。
指を切り落とそうが、腕がもげようが、目をつぶそうが。
必ずどちらかが死ぬまでは続けていただきますが、よろしいですね?」
「ま、待てよ」
片方の男は言う。
「こいつにも家族がいるだろうし、べつにそこまで」
「いいえ」
判定士は手にした情報端末を確認し、応える。
「この方は今まで独身、こどもの頃から周りにあたりちらし、
高校生になってからは度重なる悪態に両親は自殺。
自分のまいた種で転々と職を変えるしかなく、
現在の職場でも態度と人柄の悪さから疎まれ続けています。
死んで喜ばれこそすれ、悲しむ人間はおりません。
なお、あなたは酒癖の悪さから妻もこどもも別居中。
それに腹を立てたあなたは慰謝料も養育費も払わずに
自分のためだけに暮らしていますね。
立場を利用して不倫にもちこんだ女性は
こどもができたことで結婚の約束もふみにじり、捨てました。
むしろあなたが死ぬことで救われる方以外いないでしょう」
冷静な目を男たちに向け、彼は言った。
「と、いうわけです。何の遠慮もいりません。
心ゆくまで殺しあってください」
「ふ、ふざけんな。だれがお前の言うとおりになんかするか」
「では、今さらやめるというのですか?」
答えるもう片方の男。
「あ、あたありまえだ。気がそがれちまった」
そして二人は目を合わせると、
「よかったな。今日は見逃してやらあ」
「おまえこそな。今日はかんべんしてやる」
それを聞いて彼は言った。
「許可」
振り向く二人。
「では、いつにするかおっしゃってください」
男たちは汗をぬぐうと吐き捨てる。
「こんなやつ、二度と会わねえよ」
「そうだ、一生かかわるかって」
走り出す背中を見ながら、彼はつぶやいた。
「許可」
その顔には軽い笑みを浮かべて。
「……ま、わかってましたけどね」
「いってえな、ぶっころすぞ!」
電車から降りる男が吠えると、
「ああ? てめえこそ殺すぞ」
乗ろうとしていた男が吠え返した。
急ぎ足で避けるように散っていく周りの中、
「許可!」
一人出てきた男がすがすがしく声を出す。
「なんだてめえ」
二人がにらむと、男はスーツの内ポケットから身分証を出して言った。
「国家許可判定士ですよ」
とまどう男たちを目に写し、
「お二人の合意があることですし、国の許可の元、
お互いのお望みどおり殺しあっていただきます。
指を切り落とそうが、腕がもげようが、目をつぶそうが。
必ずどちらかが死ぬまでは続けていただきますが、よろしいですね?」
「ま、待てよ」
片方の男は言う。
「こいつにも家族がいるだろうし、べつにそこまで」
「いいえ」
判定士は手にした情報端末を確認し、応える。
「この方は今まで独身、こどもの頃から周りにあたりちらし、
高校生になってからは度重なる悪態に両親は自殺。
自分のまいた種で転々と職を変えるしかなく、
現在の職場でも態度と人柄の悪さから疎まれ続けています。
死んで喜ばれこそすれ、悲しむ人間はおりません。
なお、あなたは酒癖の悪さから妻もこどもも別居中。
それに腹を立てたあなたは慰謝料も養育費も払わずに
自分のためだけに暮らしていますね。
立場を利用して不倫にもちこんだ女性は
こどもができたことで結婚の約束もふみにじり、捨てました。
むしろあなたが死ぬことで救われる方以外いないでしょう」
冷静な目を男たちに向け、彼は言った。
「と、いうわけです。何の遠慮もいりません。
心ゆくまで殺しあってください」
「ふ、ふざけんな。だれがお前の言うとおりになんかするか」
「では、今さらやめるというのですか?」
答えるもう片方の男。
「あ、あたありまえだ。気がそがれちまった」
そして二人は目を合わせると、
「よかったな。今日は見逃してやらあ」
「おまえこそな。今日はかんべんしてやる」
それを聞いて彼は言った。
「許可」
振り向く二人。
「では、いつにするかおっしゃってください」
男たちは汗をぬぐうと吐き捨てる。
「こんなやつ、二度と会わねえよ」
「そうだ、一生かかわるかって」
走り出す背中を見ながら、彼はつぶやいた。
「許可」
その顔には軽い笑みを浮かべて。
「……ま、わかってましたけどね」
ショートショート 881
●素直になれなくて
「どうしたの?」
わたしを見てにこにこと笑う彼。
とても、嫌な人だ。
「なに?」
その毒のないすなおな笑顔が憎いくらい……好き。
彼の視線で命がともる。彼の言葉でわたしは動く。
こんなにもわたしが好きなことを、この人はきっと、知らない。
彼が好きだと言ったから、わたしが付き合ってあげてるんだと思ってる。
「あ、あの、さ」
詰まりそうになるのど。
どうしてこんなわたしを好きだと言うのかわからない。
けど。
「わたし、あなたが、好きだよ」
精一杯の横目で見ると、うれしそうに目を細めて。
「ありがと。ぼくもだよ」
かあっと熱を持つ頭はからっぽになって、
知らない場所から言葉が落ちた。
「こ、この、ナルシスト!」
「どうしたの?」
わたしを見てにこにこと笑う彼。
とても、嫌な人だ。
「なに?」
その毒のないすなおな笑顔が憎いくらい……好き。
彼の視線で命がともる。彼の言葉でわたしは動く。
こんなにもわたしが好きなことを、この人はきっと、知らない。
彼が好きだと言ったから、わたしが付き合ってあげてるんだと思ってる。
「あ、あの、さ」
詰まりそうになるのど。
どうしてこんなわたしを好きだと言うのかわからない。
けど。
「わたし、あなたが、好きだよ」
精一杯の横目で見ると、うれしそうに目を細めて。
「ありがと。ぼくもだよ」
かあっと熱を持つ頭はからっぽになって、
知らない場所から言葉が落ちた。
「こ、この、ナルシスト!」
ショートショート 880
●大好きっ!
彼を待って、ぼんやりと座る公園のベンチ。
「はい、どうぞ」
目の前に降りてくる紅茶の缶に顔をあげれば彼の笑み。
「あ。ありがと」
「熱いよ」
「うん」
そでを絡ませ受け取ると、彼はわたしの横で缶を開ける。
ちいさく揺れては散っていく湯気。
あたたかさか、中身のせいか、どこかうれしそうに目を細め、
どこかを見ながら軽く一口。
「ふう」
彼の体に移った熱が煙のように太く広がり、散っていく。
――ふと、わたしを映すその瞳。
「どうかした?」
優しい目線でほほえみながら。
「ん。最近……ちょっと苦しくて」
「喘息?」
「ううん」
肌に触れなくても伝わってくるそのあたたかさ。
「わたし、あなたが、好き」
驚きが照れに変わって半笑い。
「ぼくだって」
ああ、ほんとに? あなたもこんな気持ちなの?
「あなたのその目が好き。焦げ茶の瞳が好き。
細めた目も、真剣な目も、困った眉も驚いた眉も好き。
はにかむ口が好き。笑った顔も好き。癖のある髪も好き。
髪が揺れるのが好き。困ったときに小さくかくそのしぐさが好き。
深い声が好き。わたしを呼んでくれる響きが好き。
その肩も、腕も、指も爪も。みんなみんなあなたで好き。
……どうしよう。一緒にいるだけで、好きで、苦しい」
わたしを見つめる驚いた瞳。顔をそらすと、
「まいったな。そんな……」
ひとこと、言った。
それから、彼は。いつもみたいに笑ってくれなくなった。
ぎこちない顔で、なにか違うものでも見るような目。
――あきれてる。こんなわたしをうっとうしい奴だって
思ったのかもしれない。嫌われた。あんなこと言わなければよかった。
どうしよう。どうしたらいいの?
」
……という友達の話を、わたしは延々と電話で
聞かされ続けているわけだけど。
「ねえ、どうしたらいい? もうだめなのかな」
すがるような、泣きそうな声の本人とはうらはらに、
背中がむずがゆくなるようないたたまれなさがわたしを支配していく。
「あのさ」
漏れだすため息に、魂までが出て行かないように気をつけて。
「とりあえず、電話切っていい?」
彼を待って、ぼんやりと座る公園のベンチ。
「はい、どうぞ」
目の前に降りてくる紅茶の缶に顔をあげれば彼の笑み。
「あ。ありがと」
「熱いよ」
「うん」
そでを絡ませ受け取ると、彼はわたしの横で缶を開ける。
ちいさく揺れては散っていく湯気。
あたたかさか、中身のせいか、どこかうれしそうに目を細め、
どこかを見ながら軽く一口。
「ふう」
彼の体に移った熱が煙のように太く広がり、散っていく。
――ふと、わたしを映すその瞳。
「どうかした?」
優しい目線でほほえみながら。
「ん。最近……ちょっと苦しくて」
「喘息?」
「ううん」
肌に触れなくても伝わってくるそのあたたかさ。
「わたし、あなたが、好き」
驚きが照れに変わって半笑い。
「ぼくだって」
ああ、ほんとに? あなたもこんな気持ちなの?
「あなたのその目が好き。焦げ茶の瞳が好き。
細めた目も、真剣な目も、困った眉も驚いた眉も好き。
はにかむ口が好き。笑った顔も好き。癖のある髪も好き。
髪が揺れるのが好き。困ったときに小さくかくそのしぐさが好き。
深い声が好き。わたしを呼んでくれる響きが好き。
その肩も、腕も、指も爪も。みんなみんなあなたで好き。
……どうしよう。一緒にいるだけで、好きで、苦しい」
わたしを見つめる驚いた瞳。顔をそらすと、
「まいったな。そんな……」
ひとこと、言った。
それから、彼は。いつもみたいに笑ってくれなくなった。
ぎこちない顔で、なにか違うものでも見るような目。
――あきれてる。こんなわたしをうっとうしい奴だって
思ったのかもしれない。嫌われた。あんなこと言わなければよかった。
どうしよう。どうしたらいいの?
」
……という友達の話を、わたしは延々と電話で
聞かされ続けているわけだけど。
「ねえ、どうしたらいい? もうだめなのかな」
すがるような、泣きそうな声の本人とはうらはらに、
背中がむずがゆくなるようないたたまれなさがわたしを支配していく。
「あのさ」
漏れだすため息に、魂までが出て行かないように気をつけて。
「とりあえず、電話切っていい?」
ショートショート 879
●貧乏人は死ね
友人に誘われての旅行で何十年かぶりに飛行機に乗った。
通路は狭く、荷物を抱えてはすれ違えないほどで、
座席にいたっては前の席とは足を置くのがようやっと。
横に人がいるこの状況ではとてもじゃないが
席を立ってどこかにいくなど無理だった。
しかもただ座っていてさえ相手のひじと
こちらのひじがぶつかるような席の狭さは、
まるで自分が家畜にでもなった気分にさせる。
「なあ」
わたしは友人に呼びかけた。
「たとえば、使用しているといくばくかの確率で
使用者を死亡させる可能性のある暖房機は、
お上の通達で回収だの点検だのの命令だのがくだるだろう?」
「ああ」
「なのに、こうして座り続けることで足に血栓ができて、
動いたときに死亡する可能性があることも
ずいぶん知られるようになったのに、
なぜ飛行機の座席はこんなに窮屈で
すこしでも席を立とうものなら乗務員に詰問されて、
用がないなら座席に座り、体を固定していろと言われるような、
不愉快なものであり続けるんだろう?」
すると友人は読んでいた本から顔を上げ、つまらなそうに答えた。
「そりゃあ……」
友人に誘われての旅行で何十年かぶりに飛行機に乗った。
通路は狭く、荷物を抱えてはすれ違えないほどで、
座席にいたっては前の席とは足を置くのがようやっと。
横に人がいるこの状況ではとてもじゃないが
席を立ってどこかにいくなど無理だった。
しかもただ座っていてさえ相手のひじと
こちらのひじがぶつかるような席の狭さは、
まるで自分が家畜にでもなった気分にさせる。
「なあ」
わたしは友人に呼びかけた。
「たとえば、使用しているといくばくかの確率で
使用者を死亡させる可能性のある暖房機は、
お上の通達で回収だの点検だのの命令だのがくだるだろう?」
「ああ」
「なのに、こうして座り続けることで足に血栓ができて、
動いたときに死亡する可能性があることも
ずいぶん知られるようになったのに、
なぜ飛行機の座席はこんなに窮屈で
すこしでも席を立とうものなら乗務員に詰問されて、
用がないなら座席に座り、体を固定していろと言われるような、
不愉快なものであり続けるんだろう?」
すると友人は読んでいた本から顔を上げ、つまらなそうに答えた。
「そりゃあ……」
ショートショート 876
●残りのほう
休日、久しぶりに仲間で集まって話しながら酌み交わしていたら、
そろそろお開きにしようかという頃になって
まだ来ていない一人から連絡が入った。
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
周りの四人にも聞こえるように、
向こうの声が出るようにしてたずねると、
「急ぎの仕事押し付けられて、ようやくいま終わったところだよ」
「そうなのか。おつかれさん」
「ほんとにな」
ため息混じりに。
「でも、うちらの世代じゃ、週六十時間以上働いてるのも
五人に一人は いるっていうし、こんなんでめげてちゃいらんないよな」
瞬間、おれは自分の仕事をかえりみた。
朝は絶対一時間は遅刻して行くし、昼休みは二時間近く。
三時ごろには会社連中と菓子をつまみながら笑い話をして、
仕事の区切りがよければ日が暮れる前にも帰る毎日。
それで時間通りの給料も出るし、上司ともども叱られたことはない。
それが普通だと思っていたんだが……。
「い、いや、めげるくらい、いいんじゃないか?」
「そうだよ、がんばりすぎてるもんな」
「そうだそうだ」
「よくやってるよ」
次々に言葉をつなぐおれたち。
でも、そのときは知らなかったんだ。
――その場の全員が同じことを考えていたなんて。
休日、久しぶりに仲間で集まって話しながら酌み交わしていたら、
そろそろお開きにしようかという頃になって
まだ来ていない一人から連絡が入った。
「どうしたんだよ、こんな遅くに」
周りの四人にも聞こえるように、
向こうの声が出るようにしてたずねると、
「急ぎの仕事押し付けられて、ようやくいま終わったところだよ」
「そうなのか。おつかれさん」
「ほんとにな」
ため息混じりに。
「でも、うちらの世代じゃ、週六十時間以上働いてるのも
五人に一人は いるっていうし、こんなんでめげてちゃいらんないよな」
瞬間、おれは自分の仕事をかえりみた。
朝は絶対一時間は遅刻して行くし、昼休みは二時間近く。
三時ごろには会社連中と菓子をつまみながら笑い話をして、
仕事の区切りがよければ日が暮れる前にも帰る毎日。
それで時間通りの給料も出るし、上司ともども叱られたことはない。
それが普通だと思っていたんだが……。
「い、いや、めげるくらい、いいんじゃないか?」
「そうだよ、がんばりすぎてるもんな」
「そうだそうだ」
「よくやってるよ」
次々に言葉をつなぐおれたち。
でも、そのときは知らなかったんだ。
――その場の全員が同じことを考えていたなんて。
ショートショート 875
●小さきものの声
「なんか最近ずいぶん具合悪そうだけど、だいじょうぶ?」
すりきれそうな心で友達に電話すると、訊かれた。
「あんまりよくないみたい。休みでも休んだ気がしないまま週明けだよ」
「仕事しすぎなんじゃないの? 毎週何時間働いてる?」
「え?」
指折り数えて、その答え。
「今週は五十八時間くらいかなあ」
「あのさあ、それって」
あきれたような、かなしいような声で、
「八時間勤務で一週間まるまる働いてない?」
「そ、そうだったんだ……」
そんなことになってたなんてはじめて知った。
そこで次の日、相変わらず具合の悪そうな上司に言うと。
「おれだって同じだけ働いてるけど、文句は何も言ってないぞ」
答える言葉にわたしは思った。
――言えよ。
「なんか最近ずいぶん具合悪そうだけど、だいじょうぶ?」
すりきれそうな心で友達に電話すると、訊かれた。
「あんまりよくないみたい。休みでも休んだ気がしないまま週明けだよ」
「仕事しすぎなんじゃないの? 毎週何時間働いてる?」
「え?」
指折り数えて、その答え。
「今週は五十八時間くらいかなあ」
「あのさあ、それって」
あきれたような、かなしいような声で、
「八時間勤務で一週間まるまる働いてない?」
「そ、そうだったんだ……」
そんなことになってたなんてはじめて知った。
そこで次の日、相変わらず具合の悪そうな上司に言うと。
「おれだって同じだけ働いてるけど、文句は何も言ってないぞ」
答える言葉にわたしは思った。
――言えよ。
ショートショート 874
●複雑制御機械
遥か歴史の進んだ世界、惑星間で戦争が起こった。
だが、主に戦うのは人間ではなく、
人を模して作られた機械たちであった。
「隊長! 大変です」
基地の中、スクリーンを監視していた人間の兵士が声を上げた。
「どうした」
「三番艦、四番艦の動きが止まりました」
「通信は?」
「通常に行われていますが、向こうからの応答がありません。
内部スキャンしたところ、機械兵の八十五パーセントが
フリーズしているようです」
「くそっ!」
男は苦々しく吐き捨てた。
「敵が目の前まで来てるってのに!」
「隊長! 大変です」
相手方の基地、スクリーンを監視していた人間の兵士が声を上げた。
「どうした」
「味方機械兵が不正な処理とエラーを出して、
そのほとんどが動きません」
「どうにかできないのか? 再起動は?」
「完全にフリーズしているため、手動での再起動が必要になります」
「くそっ!」
男は苦々しく吐き捨てた。
「真の敵は外部の敵より内部のプログラムか!」
遥か歴史の進んだ世界、惑星間で戦争が起こった。
だが、主に戦うのは人間ではなく、
人を模して作られた機械たちであった。
「隊長! 大変です」
基地の中、スクリーンを監視していた人間の兵士が声を上げた。
「どうした」
「三番艦、四番艦の動きが止まりました」
「通信は?」
「通常に行われていますが、向こうからの応答がありません。
内部スキャンしたところ、機械兵の八十五パーセントが
フリーズしているようです」
「くそっ!」
男は苦々しく吐き捨てた。
「敵が目の前まで来てるってのに!」
「隊長! 大変です」
相手方の基地、スクリーンを監視していた人間の兵士が声を上げた。
「どうした」
「味方機械兵が不正な処理とエラーを出して、
そのほとんどが動きません」
「どうにかできないのか? 再起動は?」
「完全にフリーズしているため、手動での再起動が必要になります」
「くそっ!」
男は苦々しく吐き捨てた。
「真の敵は外部の敵より内部のプログラムか!」
ショートショート 873
●古代超文明
ぼくは、死んだ。
なんで死んだかなんてどうでもよかった。
それよりも気になっていたのは、
『南の小さな島、そびえたつたくさんの巨石像は
なんのために作られたのか』
その答えにたどり着けないことだけだった。
ぽーん。
ぴちょーん。
透き通る音。
ふと気付くと、ぼくは淡い光を放つ大きな水晶のようなものの前にいた。
「なにが知りたい? ひとつだけ、疑問に答えを与えよう」
男とも女ともわからない、柔らかな響き。
これが神? それとも知恵の結晶なのか?
そんなことも思ったが、胸から湧き上がるものに吹き飛んだ。
「ぼくが生涯をかけて調べてきた、あの小さな島の大きな石像、
あれの本当の意味を教えてください」
ぼくの声に穏やかな光は揺らめき、そして声が返ってきた。
「ああ、あれな。衛星放送の受信装置だ」
ぼくは、死んだ。
なんで死んだかなんてどうでもよかった。
それよりも気になっていたのは、
『南の小さな島、そびえたつたくさんの巨石像は
なんのために作られたのか』
その答えにたどり着けないことだけだった。
ぽーん。
ぴちょーん。
透き通る音。
ふと気付くと、ぼくは淡い光を放つ大きな水晶のようなものの前にいた。
「なにが知りたい? ひとつだけ、疑問に答えを与えよう」
男とも女ともわからない、柔らかな響き。
これが神? それとも知恵の結晶なのか?
そんなことも思ったが、胸から湧き上がるものに吹き飛んだ。
「ぼくが生涯をかけて調べてきた、あの小さな島の大きな石像、
あれの本当の意味を教えてください」
ぼくの声に穏やかな光は揺らめき、そして声が返ってきた。
「ああ、あれな。衛星放送の受信装置だ」
ショートショート 872
●信仰の侵攻
海の中、住むものもなく一面緑の草に覆われた島がある。
だが、ここが木々生い茂る豊かな場所であったことを知るものは、
もはやいない。
かつて人々は木々をくりぬき、組み合わせ、船を作って漁に出た。
石をうがいて巨大な神の像を作り、木々に乗せては遥かを運んだ。
――それが、いつか。
「ああ、神様!」
人々は祈るようになっていた。
「なぜかこの島から急速に木々が失われています。
島の周りからは魚もいなくなりました。
あなたのお力でどうかお救いください」
島のいたるところ、土地を埋め尽くすほど増えた人々は、
自分たちの繁栄のために木を切っては船を作り、神の像を作った。
――ただ、ひたすらに、あらそうように。
海の中、住むものもなく一面緑の草に覆われた島がある。
だが、ここが木々生い茂る豊かな場所であったことを知るものは、
もはやいない。
かつて人々は木々をくりぬき、組み合わせ、船を作って漁に出た。
石をうがいて巨大な神の像を作り、木々に乗せては遥かを運んだ。
――それが、いつか。
「ああ、神様!」
人々は祈るようになっていた。
「なぜかこの島から急速に木々が失われています。
島の周りからは魚もいなくなりました。
あなたのお力でどうかお救いください」
島のいたるところ、土地を埋め尽くすほど増えた人々は、
自分たちの繁栄のために木を切っては船を作り、神の像を作った。
――ただ、ひたすらに、あらそうように。
ショートショート 871
●棚のあげおろし
今期もまた棚おろしの時期がやってきた。
日々の業務は変わらずあるのに、
備品や在庫の確認なんてめんどくさいことこの上ない。
いつもの業務に追われる面々にいつ切り出そうかと思いながら、
隣の部署の同期を冷やかしに行く。
「いよう。棚おろしは進んでるか?」
声をかけると、軽く眉を寄せて答えた。
「いや、まだだ。時間もないし、なんかやりづらくてな」
「なんだ、そんなことでどうする。
棚おろししろって命令が来てるんだから、即座にやるもんだろ。
そんなこと言ってるとやる気がないってみなされるぞ」
すると驚く顔をして、
「なに? まさかもう終わったのか?」
「いや。手もつけてない」
あきれたためいき。
「なんだ。じゃあ何しに来たんだよ。自分のことは棚にあげて偉そうに」
「うん」
おれは答える。
「おろすばかりもつまらないから、ちょっと上げに来た」
今期もまた棚おろしの時期がやってきた。
日々の業務は変わらずあるのに、
備品や在庫の確認なんてめんどくさいことこの上ない。
いつもの業務に追われる面々にいつ切り出そうかと思いながら、
隣の部署の同期を冷やかしに行く。
「いよう。棚おろしは進んでるか?」
声をかけると、軽く眉を寄せて答えた。
「いや、まだだ。時間もないし、なんかやりづらくてな」
「なんだ、そんなことでどうする。
棚おろししろって命令が来てるんだから、即座にやるもんだろ。
そんなこと言ってるとやる気がないってみなされるぞ」
すると驚く顔をして、
「なに? まさかもう終わったのか?」
「いや。手もつけてない」
あきれたためいき。
「なんだ。じゃあ何しに来たんだよ。自分のことは棚にあげて偉そうに」
「うん」
おれは答える。
「おろすばかりもつまらないから、ちょっと上げに来た」
ショートショート 870
●お天気おばさん
「今日のお天気は、全国的に晴れです」
出勤前に眺める画面でお天気おねえさんが笑顔を見せた。
じゃあ、傘は気にせず置いていこう。
外に出ると、青い空。今日はさわやかな一日になりそうだった。
……けれど。
「悪い! 品質の課長に連絡入れてくれないか」
会社につくなり、変にあわただしい空気。
わたしに気付いた係長が受話器の口を押さえていった。
「どうかしたんですか?」
「新製品で発煙が三件たてつづけにあったらしくて、
いま確認とってるところなんだ。頼む」
それだけ言うと、電話に出たらしい相手に頭を下げながら話を始めた。
じゃあ、わたしも電話しなきゃ。
受話器を取り、かけようとすると別の人からかかる声。
「気をつけて。あそこの課長、気分悪いときまともに話できないから。
第一声で判断して、不機嫌そうだったらうまく流して話すすめて」
「はい、わかりました」
音に集中しながら内線電話をかけると、
「はい?」
確実に不愉快な中年女性の声。
「始業時間前に何の用?」
隠しもしない不機嫌さがわたしの体を蝕んでいく。
……なんでうちの会社の女性責任者はこんなのばかりなんだろう。
自分の感情で同じ仕事ができなくなるとか、
仕事より先に本人の機嫌を伺えなんて言われるとか。
それが責任者としてあるべき姿?
わたしは思わず言っていた。
「すみません。課長のところにかけたつもりだったのですが、
お天気屋さんにつながるとは思いませんでした」
「今日のお天気は、全国的に晴れです」
出勤前に眺める画面でお天気おねえさんが笑顔を見せた。
じゃあ、傘は気にせず置いていこう。
外に出ると、青い空。今日はさわやかな一日になりそうだった。
……けれど。
「悪い! 品質の課長に連絡入れてくれないか」
会社につくなり、変にあわただしい空気。
わたしに気付いた係長が受話器の口を押さえていった。
「どうかしたんですか?」
「新製品で発煙が三件たてつづけにあったらしくて、
いま確認とってるところなんだ。頼む」
それだけ言うと、電話に出たらしい相手に頭を下げながら話を始めた。
じゃあ、わたしも電話しなきゃ。
受話器を取り、かけようとすると別の人からかかる声。
「気をつけて。あそこの課長、気分悪いときまともに話できないから。
第一声で判断して、不機嫌そうだったらうまく流して話すすめて」
「はい、わかりました」
音に集中しながら内線電話をかけると、
「はい?」
確実に不愉快な中年女性の声。
「始業時間前に何の用?」
隠しもしない不機嫌さがわたしの体を蝕んでいく。
……なんでうちの会社の女性責任者はこんなのばかりなんだろう。
自分の感情で同じ仕事ができなくなるとか、
仕事より先に本人の機嫌を伺えなんて言われるとか。
それが責任者としてあるべき姿?
わたしは思わず言っていた。
「すみません。課長のところにかけたつもりだったのですが、
お天気屋さんにつながるとは思いませんでした」
ショートショート 869
●消えない烙印
高校に合格し、喜んだのはいつのことだったろう。
入ったすぐに色分けされる、『内部』と『外部』。
中学、高校、大学とつながっているこの学校で、
中学からいる者以外はすべて『外部』と呼ばれた。
先生との関係、席順、行事の班決め、すべて内部はなあなあ。
知り合いもいない外部の人間は、彩り程度に脇に追いやられるだけ。
こんなぬるま湯につかりきった人間には負けたくなくて
必死に勉強した。すると投げつけられる嫌がらせの言葉。
机に落書きもされたし、物も壊され、隠された。
内部に刺激を与えるために
外部の人間を入れるということだったけれど、
なんてことはない、ただの生贄、不満のはけぐち。
それが学校ぐるみの暗黙の了解だった。
毎日繰り返されるからかいやひやかし。
それでもくじけそうになる心を奮い立たせて
休むことなく学校に通った。支えてくれるのは、負けたくない、
そんな意地だった。
そして高校も最後の学年になったある日、
試験もなしに付属以外の大学に入れる推薦枠の募集が出た。
そこで応募する旨を教師に言いに行くと、言われた。
「ああ、あそこの推薦ね、無理」
「どうしてですか?」
要件は充分すぎるほど満たしているはずなのに。
するとその教師はつまらなそうな目をして。
「だって、あなた、外部でしょ?」
高校に合格し、喜んだのはいつのことだったろう。
入ったすぐに色分けされる、『内部』と『外部』。
中学、高校、大学とつながっているこの学校で、
中学からいる者以外はすべて『外部』と呼ばれた。
先生との関係、席順、行事の班決め、すべて内部はなあなあ。
知り合いもいない外部の人間は、彩り程度に脇に追いやられるだけ。
こんなぬるま湯につかりきった人間には負けたくなくて
必死に勉強した。すると投げつけられる嫌がらせの言葉。
机に落書きもされたし、物も壊され、隠された。
内部に刺激を与えるために
外部の人間を入れるということだったけれど、
なんてことはない、ただの生贄、不満のはけぐち。
それが学校ぐるみの暗黙の了解だった。
毎日繰り返されるからかいやひやかし。
それでもくじけそうになる心を奮い立たせて
休むことなく学校に通った。支えてくれるのは、負けたくない、
そんな意地だった。
そして高校も最後の学年になったある日、
試験もなしに付属以外の大学に入れる推薦枠の募集が出た。
そこで応募する旨を教師に言いに行くと、言われた。
「ああ、あそこの推薦ね、無理」
「どうしてですか?」
要件は充分すぎるほど満たしているはずなのに。
するとその教師はつまらなそうな目をして。
「だって、あなた、外部でしょ?」



