ショートショート 550
●近くて遠い世界
友人とふたり、おれの家で適当に遊んでいたら
彼女から電話がかかってきた。
「いまいい?」
「あ、ごめん。いま友達来てるんだ」
「……女の子?」
ぼそっと低い声で。
「ちがうよ。前話したあいつだよ」
すると、
「え、うそ! あのモデルの人?」
驚くべき喜びようで訊ねた。
「ああ、モデラーな」
「友達と一緒にそっち行っていい?」
「まあ、いいけど、なにす」
言い切る前にも電話が切れた。
「なんだって?」
横から友達。
「いや、なんか彼女が……。友達連れてこっちに来るって」
「急ぎの用なら帰ろうか?」
「いや? なんか、おまえに会いたがってるみたいだけど」
「ええ?」
そして彼女とその友達が来た。
「わあ、はじめまして」
はしゃぎながら挨拶をする二人。
どちらかといえば普通よりすこし上の顔だが、
それほどもてはやすようなものだろうか?
「モデルやってるんですよね」
言う彼女に、
「うん? モデリング?」
「ショーとか出たことあるんですよね」
「あ、うん」
めずらしい相手に気おされるように答えるあいつ。
「わあ、すごい。有名なところから声かかったりするんですか?」
「そうだね。最近はようやく断れるくらいに仕事も入るようになったし」
「じゃあもう、ブランドものの仕事だけですか?」
「いや……そうでもないよ。稼げるってほどじゃないけど、
自分のブランドでもちょくちょくやってる」
「すごい! 服も作っちゃうんですか」
「え?」
え?
おれとあいつはどちらからということもなく立ち上がり、
彼女たちに背を向けて二人で流しの前に並んだ。
「ま、まずいぞ。あの方たち
なにか激しく勘違いしていらっしゃらないか?」
限りなく抑えた声でぼそぼそと。
「ああ、どうやらそのようだ」
友人とふたり、おれの家で適当に遊んでいたら
彼女から電話がかかってきた。
「いまいい?」
「あ、ごめん。いま友達来てるんだ」
「……女の子?」
ぼそっと低い声で。
「ちがうよ。前話したあいつだよ」
すると、
「え、うそ! あのモデルの人?」
驚くべき喜びようで訊ねた。
「ああ、モデラーな」
「友達と一緒にそっち行っていい?」
「まあ、いいけど、なにす」
言い切る前にも電話が切れた。
「なんだって?」
横から友達。
「いや、なんか彼女が……。友達連れてこっちに来るって」
「急ぎの用なら帰ろうか?」
「いや? なんか、おまえに会いたがってるみたいだけど」
「ええ?」
そして彼女とその友達が来た。
「わあ、はじめまして」
はしゃぎながら挨拶をする二人。
どちらかといえば普通よりすこし上の顔だが、
それほどもてはやすようなものだろうか?
「モデルやってるんですよね」
言う彼女に、
「うん? モデリング?」
「ショーとか出たことあるんですよね」
「あ、うん」
めずらしい相手に気おされるように答えるあいつ。
「わあ、すごい。有名なところから声かかったりするんですか?」
「そうだね。最近はようやく断れるくらいに仕事も入るようになったし」
「じゃあもう、ブランドものの仕事だけですか?」
「いや……そうでもないよ。稼げるってほどじゃないけど、
自分のブランドでもちょくちょくやってる」
「すごい! 服も作っちゃうんですか」
「え?」
え?
おれとあいつはどちらからということもなく立ち上がり、
彼女たちに背を向けて二人で流しの前に並んだ。
「ま、まずいぞ。あの方たち
なにか激しく勘違いしていらっしゃらないか?」
限りなく抑えた声でぼそぼそと。
「ああ、どうやらそのようだ」
ショートショート 549
●なってるつもり
サークルのメンバーで旅行に行き、民宿に泊まった夜。
お風呂に入っていると男の子たちの方から声が聞こえた。
なんでも気になっている彼が一人先にあがるらしい。
そこでわたしもさっさとお風呂からあがって、
人数分だけ広い男子の部屋に遊びに行くと。
予想通り、湯上りっぽい彼だけが部屋にいて体を冷ますように
ぽけーっと壁によりかかっていた。
「どーも。すっぴんで失礼します」
冗談めかして言いながら入って行くと、
「化粧をしてないと失礼なの?」
彼はわたしの顔をまじまじと見つめて訊いた。
「そりゃあ、だって礼儀みたいなもんだし」
でもかわらずじーっと見て、
「おれは今のほうがいいと思うけど」
「男性にはそれでいいかもしれないけど。
女性にはそうはいかないんだよ」
湯上りでない赤みが頬にさしそうで、目をそらしながらわたしは言った。
「じゃあ、化粧は女同士見せ合うためにやるわけ?」
「そう言われると……違うけどさ」
「いつも気になってたんだよ。
もっとまともな化粧にすればいいのにって」
まとも。
その言葉に多少ぐさっときた。
「うるさいなあ。お化粧もあれで結構難しいんだよ。
そういうならやってみればいいじゃない」
「のった」
「え?」
「道具は?」
体を起こしてわたしのそばに。
「ええ〜。わたしにじゃないよ。自分で、自分で」
「おれが化粧してどうするんだよ。ほら、いいから」
いやだったけど……彼にならいいかと思って、お化粧道具を取ってきた。
そばに近づく彼の顔。その指がわたしに触れて、
恥ずかしさに泳いでしまう目を閉じる。
「顔の色変わるほどはたかなくたって、軽くでいいと思うけどな」
ぱたぱたと肌をたたいていくスポンジ。
「ちょっと〜、変な顔にして笑うなんてなしにしてよ」
「だいじょうぶだって」
彼は答えてそのまま続けた。
「もみあげも長すぎるから落とすよ」
「え? ちょ、ちょっと……」
「刃物ならまかせろ」
そういうことじゃなくて〜。
とまどう間にもじょりじょりとなにか切れて行く音がする。
そして、首筋も。
それからすごい音がして、下から熱い風が来た。
「こんなんで適当に上げて、どう?」
軽くドライヤーをかけて、これでできあがりらしい。
特に何をやってたわけでもないのに、
いきなりお化粧なんてできるわけないじゃない。
なんだか取り返しのつかないことになってしまった自分に
あらかじめ落胆しながら小さな鏡を見ると……
「え?」
「ほら、かわいい」
そこにいるのは、いつもと違うわたし。
そこへ、ばたばたと足音が聞こえ、中へ知った顔が入ってきた。
「卓球してきた〜」
笑顔で入って来た友達がわたしの顔に目をとめて。
「あれ? お化粧変えたんだ? いいじゃない」
にっこりと笑う。
「ねえ」
わたしは振り向いて彼に呼びかけた。
「もう一回やってください」
サークルのメンバーで旅行に行き、民宿に泊まった夜。
お風呂に入っていると男の子たちの方から声が聞こえた。
なんでも気になっている彼が一人先にあがるらしい。
そこでわたしもさっさとお風呂からあがって、
人数分だけ広い男子の部屋に遊びに行くと。
予想通り、湯上りっぽい彼だけが部屋にいて体を冷ますように
ぽけーっと壁によりかかっていた。
「どーも。すっぴんで失礼します」
冗談めかして言いながら入って行くと、
「化粧をしてないと失礼なの?」
彼はわたしの顔をまじまじと見つめて訊いた。
「そりゃあ、だって礼儀みたいなもんだし」
でもかわらずじーっと見て、
「おれは今のほうがいいと思うけど」
「男性にはそれでいいかもしれないけど。
女性にはそうはいかないんだよ」
湯上りでない赤みが頬にさしそうで、目をそらしながらわたしは言った。
「じゃあ、化粧は女同士見せ合うためにやるわけ?」
「そう言われると……違うけどさ」
「いつも気になってたんだよ。
もっとまともな化粧にすればいいのにって」
まとも。
その言葉に多少ぐさっときた。
「うるさいなあ。お化粧もあれで結構難しいんだよ。
そういうならやってみればいいじゃない」
「のった」
「え?」
「道具は?」
体を起こしてわたしのそばに。
「ええ〜。わたしにじゃないよ。自分で、自分で」
「おれが化粧してどうするんだよ。ほら、いいから」
いやだったけど……彼にならいいかと思って、お化粧道具を取ってきた。
そばに近づく彼の顔。その指がわたしに触れて、
恥ずかしさに泳いでしまう目を閉じる。
「顔の色変わるほどはたかなくたって、軽くでいいと思うけどな」
ぱたぱたと肌をたたいていくスポンジ。
「ちょっと〜、変な顔にして笑うなんてなしにしてよ」
「だいじょうぶだって」
彼は答えてそのまま続けた。
「もみあげも長すぎるから落とすよ」
「え? ちょ、ちょっと……」
「刃物ならまかせろ」
そういうことじゃなくて〜。
とまどう間にもじょりじょりとなにか切れて行く音がする。
そして、首筋も。
それからすごい音がして、下から熱い風が来た。
「こんなんで適当に上げて、どう?」
軽くドライヤーをかけて、これでできあがりらしい。
特に何をやってたわけでもないのに、
いきなりお化粧なんてできるわけないじゃない。
なんだか取り返しのつかないことになってしまった自分に
あらかじめ落胆しながら小さな鏡を見ると……
「え?」
「ほら、かわいい」
そこにいるのは、いつもと違うわたし。
そこへ、ばたばたと足音が聞こえ、中へ知った顔が入ってきた。
「卓球してきた〜」
笑顔で入って来た友達がわたしの顔に目をとめて。
「あれ? お化粧変えたんだ? いいじゃない」
にっこりと笑う。
「ねえ」
わたしは振り向いて彼に呼びかけた。
「もう一回やってください」
ショートショート 548
●ば化粧
地方を旅していたときのこと。
道の端にこぢんまりとしたものの立派なおやしろがあり、
その中には何かで真っ白に塗られた石が立っていた。
その前には口紅などの化粧品。
興味をもったわたしは地元の人を見つけ、声をかけてみた。
「これはなにを祀っているんですか?」
「ああ、それはバケショウさまだ」
お年を召した女性が笑う。
その顔は農作業向けのような服装に似合わず、
どこかに出かけるばかりにきれいにお化粧されていた。
「バケショウさま?」
「ああ。何百年もまえ、ここらへんがまだずっと貧しかったとき、
化粧の大切さを教えてくれた人だよ」
「へええ〜」
あらためて白く塗られた石を見て、
女性運動のさきがけだったその人に思いを馳せてみる。
このおばあさんがしっかりとお化粧しているのも、
その影響なのだろうか。
「ずいぶんきれいなかただったんでしょうね」
わたしが言うと、
「いや」
「えっ?」
あまりに短い言葉をききかえす。
「それがな、紅がないなら生肉を。おしろいがないなら麦粉をて。
化粧したのはいいものの、口から血を流し、顔は粉をふいて。
髪もごわごわになったその姿は――まるで悪鬼のようだったそうだよ」
地方を旅していたときのこと。
道の端にこぢんまりとしたものの立派なおやしろがあり、
その中には何かで真っ白に塗られた石が立っていた。
その前には口紅などの化粧品。
興味をもったわたしは地元の人を見つけ、声をかけてみた。
「これはなにを祀っているんですか?」
「ああ、それはバケショウさまだ」
お年を召した女性が笑う。
その顔は農作業向けのような服装に似合わず、
どこかに出かけるばかりにきれいにお化粧されていた。
「バケショウさま?」
「ああ。何百年もまえ、ここらへんがまだずっと貧しかったとき、
化粧の大切さを教えてくれた人だよ」
「へええ〜」
あらためて白く塗られた石を見て、
女性運動のさきがけだったその人に思いを馳せてみる。
このおばあさんがしっかりとお化粧しているのも、
その影響なのだろうか。
「ずいぶんきれいなかただったんでしょうね」
わたしが言うと、
「いや」
「えっ?」
あまりに短い言葉をききかえす。
「それがな、紅がないなら生肉を。おしろいがないなら麦粉をて。
化粧したのはいいものの、口から血を流し、顔は粉をふいて。
髪もごわごわになったその姿は――まるで悪鬼のようだったそうだよ」
ショートショート 544
●玄人好み
放課後、校舎を見回っていると、
教室から女の子たちの声が聞こえてきた。
早く帰るように促そうとしたけれど、
扉を開けようとしたときに耳に入った会話に手が止まる。
「わたしは〜〜君が結構好き」
きゃー とか わー とか、そんな小さな歓声。
そういえばわたしも小学生のとき、こんな会話をしたっけなあ。
「〜〜ちゃんは?」
「わたしは、彼、かな」
ええ〜、と驚きの声があがる。
誰だかはわからないけれど、意外な子らしい。
「だってあいつ、バカだよ?」
ふふふ、と小さな笑い。
「青いねえ。今の歳だと、悪ぶったりきざっぽかったりする男の子が
かっこよく見えるだろうけど、そんなのは将来くすむだけ。
その点、彼はおちゃらけてるけど基本的にものを考えてる。
ああいう子は将来、化けるよ。どんないい男になるかと思うと、
ぞくぞくするねえ」
その言葉に、どこかの妖艶があやしく目を細めている姿を思った。
そして。この子がどんな大人になるのかと思うと、
いろんな意味で将来が心配になった。
放課後、校舎を見回っていると、
教室から女の子たちの声が聞こえてきた。
早く帰るように促そうとしたけれど、
扉を開けようとしたときに耳に入った会話に手が止まる。
「わたしは〜〜君が結構好き」
きゃー とか わー とか、そんな小さな歓声。
そういえばわたしも小学生のとき、こんな会話をしたっけなあ。
「〜〜ちゃんは?」
「わたしは、彼、かな」
ええ〜、と驚きの声があがる。
誰だかはわからないけれど、意外な子らしい。
「だってあいつ、バカだよ?」
ふふふ、と小さな笑い。
「青いねえ。今の歳だと、悪ぶったりきざっぽかったりする男の子が
かっこよく見えるだろうけど、そんなのは将来くすむだけ。
その点、彼はおちゃらけてるけど基本的にものを考えてる。
ああいう子は将来、化けるよ。どんないい男になるかと思うと、
ぞくぞくするねえ」
その言葉に、どこかの妖艶があやしく目を細めている姿を思った。
そして。この子がどんな大人になるのかと思うと、
いろんな意味で将来が心配になった。
ショートショート 541
●料理のさしすせそ
おれのために料理を作ってくれるという彼女の後ろ、
なにやら魔法のように食材がいろいろ姿を変えていくのを観察する。
もちろん一番の対象は食べ物よりも彼女だ。
普段見ることのない彼女の姿がなんだかとても愛しい。
そんなおれに気づいたのか、
「ね、料理のさしすせそって知ってる?」
振り向くと照れたように笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
あの光景は一度見たら忘れられるものではない。
見学に行った醤油工場、木の香りのする樽の前、
屈強な男たちが偉そうな男の前に整列して叫んでいたあの言葉。
『きさまら、料理の基本はなんだ!』
『醤油! 醤油! 醤油!』
つばを散らし、躍動する男の筋肉。
『ならば、料理のさしすせそはなんだ!』
「さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、すじょうゆ、
せうゆ、ソイソース、だろ」
自信に満ちた回答に、
「そんなにしょうゆばっかりじゃ、体に悪いよ……」
逆に驚いたのはおれのほうだ。
「なに? まえ一緒に工場に入ったとき、筋肉男たちが叫んでたぞ」
すると、はっと気づいた顔をして。
「ごめん。おとうさん、ああいう冗談好きだから」
おれのために料理を作ってくれるという彼女の後ろ、
なにやら魔法のように食材がいろいろ姿を変えていくのを観察する。
もちろん一番の対象は食べ物よりも彼女だ。
普段見ることのない彼女の姿がなんだかとても愛しい。
そんなおれに気づいたのか、
「ね、料理のさしすせそって知ってる?」
振り向くと照れたように笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
あの光景は一度見たら忘れられるものではない。
見学に行った醤油工場、木の香りのする樽の前、
屈強な男たちが偉そうな男の前に整列して叫んでいたあの言葉。
『きさまら、料理の基本はなんだ!』
『醤油! 醤油! 醤油!』
つばを散らし、躍動する男の筋肉。
『ならば、料理のさしすせそはなんだ!』
「さいしこみしょうゆ、しろしょうゆ、すじょうゆ、
せうゆ、ソイソース、だろ」
自信に満ちた回答に、
「そんなにしょうゆばっかりじゃ、体に悪いよ……」
逆に驚いたのはおれのほうだ。
「なに? まえ一緒に工場に入ったとき、筋肉男たちが叫んでたぞ」
すると、はっと気づいた顔をして。
「ごめん。おとうさん、ああいう冗談好きだから」
ショートショート 540
●汚れた赤い靴
靴が欲しくてたまらなかった。
ずっと家の中で暮らしていたとき、自分の靴が欲しかった。
靴さえあればわたしだって外を歩けるのに。そう思っていた。
そしてとうとう、わたしは靴を手に入れた。わたしだけの赤い靴。
喜びに駆け出すと、その広さに驚いた。わたしは自由を手に入れた!
この靴でどこまでも歩いていけると思った。
……でも。
足は、止まらない。自分の意思では歩けない。
どこまでも歩いていけるはずだったのに、
靴がいうことを聞いてくれない。
友達の結婚式にも行けず、遠い場所で赤い靴に踊らされた。
親戚のお葬式にも行けず、離れて赤い靴に踊らされた。
この靴を脱げば……。そう思ったけれど、
そんなことはできなかった。これを脱いでしまえば、
次の靴は見つからない。履き変えるなら新しい靴を手に入れた瞬間、
その場でなければ。でも、いまの靴のせいで
新しい靴を見つけることさえできなかった。
めまぐるしく流れて行く景色。止まることのできない足は、
どんどんと加速して行く。追われるように走る目には、
もう何も映らない。
そうしてわたしは踊らされ続け、ある日。
わたしが倒れると、目の前を腐ってもげた両足と、
それを包む赤い靴が踊りながら遠くへ行ってしまった。
ただ踊らされ続けていて、自分の体の変化にすら気づかなかった。
足は、行ってしまった。靴はもう履けない。
自分で立つこともできない。
ひどく、痛かった。むせ返る腐臭の中、
傷口を舐めてはその味に吐いた。
これほど自分が痛んでいたことになぜ自分で気づかなかったんだろう。
なぜ周りは止めてくれなかったんだろう。
そうして家の中ですごしてしばらくしたころ、
父がわたしをひどくののしり、最後に叫んだ。
「このひきこもりが! さっさと次の仕事を見つけろ!」
靴が欲しくてたまらなかった。
ずっと家の中で暮らしていたとき、自分の靴が欲しかった。
靴さえあればわたしだって外を歩けるのに。そう思っていた。
そしてとうとう、わたしは靴を手に入れた。わたしだけの赤い靴。
喜びに駆け出すと、その広さに驚いた。わたしは自由を手に入れた!
この靴でどこまでも歩いていけると思った。
……でも。
足は、止まらない。自分の意思では歩けない。
どこまでも歩いていけるはずだったのに、
靴がいうことを聞いてくれない。
友達の結婚式にも行けず、遠い場所で赤い靴に踊らされた。
親戚のお葬式にも行けず、離れて赤い靴に踊らされた。
この靴を脱げば……。そう思ったけれど、
そんなことはできなかった。これを脱いでしまえば、
次の靴は見つからない。履き変えるなら新しい靴を手に入れた瞬間、
その場でなければ。でも、いまの靴のせいで
新しい靴を見つけることさえできなかった。
めまぐるしく流れて行く景色。止まることのできない足は、
どんどんと加速して行く。追われるように走る目には、
もう何も映らない。
そうしてわたしは踊らされ続け、ある日。
わたしが倒れると、目の前を腐ってもげた両足と、
それを包む赤い靴が踊りながら遠くへ行ってしまった。
ただ踊らされ続けていて、自分の体の変化にすら気づかなかった。
足は、行ってしまった。靴はもう履けない。
自分で立つこともできない。
ひどく、痛かった。むせ返る腐臭の中、
傷口を舐めてはその味に吐いた。
これほど自分が痛んでいたことになぜ自分で気づかなかったんだろう。
なぜ周りは止めてくれなかったんだろう。
そうして家の中ですごしてしばらくしたころ、
父がわたしをひどくののしり、最後に叫んだ。
「このひきこもりが! さっさと次の仕事を見つけろ!」
ショートショート 539
●タイプA
今日もきょうとて書類の整理。
ばりばりと書類の内容をパソコンに打ち込んでいると、隣の中年男性。
「なあ、そんなに急いで仕事やってどうするんだよ。
民間じゃあるまいし、仕事の量はだいたい決まってるんだ。
一日でやる分量を小分けにして平均に終わらせるようにしないと、
みんなが迷惑するんだよ」
「と言われても……。やればやるだけ仕事はありますし」
「それに毎日つけてるみたいだけど、なんなんだ、そのメモ」
「これは、自分が一時間でどれだけいけるかの
限界を計っているだけです。そして一日の合計の記録を
塗り替えようとしているだけですよ」
「これ見よがしに忙そうにして、なにがしたいんだよ。
おれたちがやってないと比べるつもりなのか?」
「はい? 他人がどうだろうと関係ないです。
わたしは、かつてのわたしを超えようとしてるだけ。
今日はどこまでできるか、わかったほうが楽しいじゃありませんか」
「たのしい?」
「そうですよ」
「自分で自分を追い詰めてるようなのの、どこが楽しいんだ?」
「どこがって言われても……。走るときは全力疾走。そういう性分です」
「じゃあ、いつ止まるんだ?」
「そうですねえ」
わたしは考え、
「たぶん、心臓が破れたら」
今日もきょうとて書類の整理。
ばりばりと書類の内容をパソコンに打ち込んでいると、隣の中年男性。
「なあ、そんなに急いで仕事やってどうするんだよ。
民間じゃあるまいし、仕事の量はだいたい決まってるんだ。
一日でやる分量を小分けにして平均に終わらせるようにしないと、
みんなが迷惑するんだよ」
「と言われても……。やればやるだけ仕事はありますし」
「それに毎日つけてるみたいだけど、なんなんだ、そのメモ」
「これは、自分が一時間でどれだけいけるかの
限界を計っているだけです。そして一日の合計の記録を
塗り替えようとしているだけですよ」
「これ見よがしに忙そうにして、なにがしたいんだよ。
おれたちがやってないと比べるつもりなのか?」
「はい? 他人がどうだろうと関係ないです。
わたしは、かつてのわたしを超えようとしてるだけ。
今日はどこまでできるか、わかったほうが楽しいじゃありませんか」
「たのしい?」
「そうですよ」
「自分で自分を追い詰めてるようなのの、どこが楽しいんだ?」
「どこがって言われても……。走るときは全力疾走。そういう性分です」
「じゃあ、いつ止まるんだ?」
「そうですねえ」
わたしは考え、
「たぶん、心臓が破れたら」
ショートショート 537
●語るに落ちる
久しぶりの愛しい休み。
今日こそはクリアしようとコントローラーを握ってテレビをつける。
「……見にくいな」
西日でもないのに、隣のマンションの窓ガラスに反射した光が
テレビ画面に照り付けて見にくいことこの上ない。
そこで雨戸を閉めていると、かあさんが部屋に入ってきた。
「なんで昼間から雨戸閉めるの? 開けてれば電気もいらないのに」
「まぶしいんだよ。こんなんじゃテレビも見えないって」
「休みだってのに昼間っからゲーム?
もっとろくなことしなさいよ」
「はーいはい。ろくでもないことばっかして悪うございましたね。
犯罪に走らないだけましだろってんだ」
構わず閉めていると、あきらめたのか戻って行く。
うるさいのもいなくなったし、準備も整った。
さあ、はじめようとコントローラーを持ち直すと、
「昼間からこんなに暗く締め切ってなにやってんだ!」
かあさんにそそのかされたのか、今度は父さんが入ってきて、
不愉快そうに言った。
「まったく、ストリップ劇場じゃあるまいし」
「――行ったの?」
ぼそっとかあさんの低い声。
おれはヘッドホンを装着してテレビに向かった。
久しぶりの愛しい休み。
今日こそはクリアしようとコントローラーを握ってテレビをつける。
「……見にくいな」
西日でもないのに、隣のマンションの窓ガラスに反射した光が
テレビ画面に照り付けて見にくいことこの上ない。
そこで雨戸を閉めていると、かあさんが部屋に入ってきた。
「なんで昼間から雨戸閉めるの? 開けてれば電気もいらないのに」
「まぶしいんだよ。こんなんじゃテレビも見えないって」
「休みだってのに昼間っからゲーム?
もっとろくなことしなさいよ」
「はーいはい。ろくでもないことばっかして悪うございましたね。
犯罪に走らないだけましだろってんだ」
構わず閉めていると、あきらめたのか戻って行く。
うるさいのもいなくなったし、準備も整った。
さあ、はじめようとコントローラーを持ち直すと、
「昼間からこんなに暗く締め切ってなにやってんだ!」
かあさんにそそのかされたのか、今度は父さんが入ってきて、
不愉快そうに言った。
「まったく、ストリップ劇場じゃあるまいし」
「――行ったの?」
ぼそっとかあさんの低い声。
おれはヘッドホンを装着してテレビに向かった。
ショートショート 536
●営業担当と飼い犬
休日の川原で、会社で営業担当の男が飼い犬と戯れていた。
「ほーら、今日はいいものがあるぞ」
男が紙袋を開ける前からその中身に心を奪われていた犬は、
ようやく取り出されるものに半狂乱して自分に与えられるのを待った。
「これはおれが苦労して苦労して
ようやく手に入れた肉付き骨だ。肉もまだたっぷりついてるし、
なによりでかいだろう?」
目の前で見せびらかすと、犬はよだれを撒き散らしてその時を切望する。
「ははは、欲しいか。欲しいだろう?
おまえは会社のばかどもと違って正直でかわいいな。
欲しいなら欲しいって言えばいいんだ。
なのに文句ばっかりぬかしやがる」
一人愚痴て骨を握り締めると、
彼は力の限りにそれを上のほうに向かって投げた。
「さあ、欲しいなら受け取れ!」
丸投げされた骨は大きな放物線を描き、犬が追う先、
はるか川の真ん中に落ちる。
「あははは。相変わらずコントロール悪いな、おれ。
ほら、どうした? 欲しいなら取りにいけよ。
会社の連中ならこれくらい難なく取りに行くぞ」
頭に載せられる手に噛み付く犬。
「な、なにすんだ!」
だが犬は牙をむき出し、低くうなると――
男の喉元に向けて飛びかかった。
休日の川原で、会社で営業担当の男が飼い犬と戯れていた。
「ほーら、今日はいいものがあるぞ」
男が紙袋を開ける前からその中身に心を奪われていた犬は、
ようやく取り出されるものに半狂乱して自分に与えられるのを待った。
「これはおれが苦労して苦労して
ようやく手に入れた肉付き骨だ。肉もまだたっぷりついてるし、
なによりでかいだろう?」
目の前で見せびらかすと、犬はよだれを撒き散らしてその時を切望する。
「ははは、欲しいか。欲しいだろう?
おまえは会社のばかどもと違って正直でかわいいな。
欲しいなら欲しいって言えばいいんだ。
なのに文句ばっかりぬかしやがる」
一人愚痴て骨を握り締めると、
彼は力の限りにそれを上のほうに向かって投げた。
「さあ、欲しいなら受け取れ!」
丸投げされた骨は大きな放物線を描き、犬が追う先、
はるか川の真ん中に落ちる。
「あははは。相変わらずコントロール悪いな、おれ。
ほら、どうした? 欲しいなら取りにいけよ。
会社の連中ならこれくらい難なく取りに行くぞ」
頭に載せられる手に噛み付く犬。
「な、なにすんだ!」
だが犬は牙をむき出し、低くうなると――
男の喉元に向けて飛びかかった。
ショートショート 535
●できそこない動物園
「ふざけるな!」
我慢の限界に来た飼育係たちがスカウトにつめよった。
「おまえは適当に動物を連れてくるけどな。
ただ連れてくりゃいいってもんじゃないだろう。
エサは何やればいいのかも、育て方もわからない。
しかも檻のカギは壊れて閉まらないと来た。
珍しいのをつれてくるより、おとなしくて
どこにでもいるようなやつの数を増やしてくれよ」
その言葉にスカウトは肩をすくめて、
「なに言ってんだよ。おれが捕まえてくるから客が入るんだろ。
エサに困る? 檻が閉まらない?
知ったことか。それはお前らの問題だ」
飼育係たちはその場に来た園長をすがるように見つめ、
それに気づいた園長は答えた。
「うん、その通り」
「ふざけるな!」
我慢の限界に来た飼育係たちがスカウトにつめよった。
「おまえは適当に動物を連れてくるけどな。
ただ連れてくりゃいいってもんじゃないだろう。
エサは何やればいいのかも、育て方もわからない。
しかも檻のカギは壊れて閉まらないと来た。
珍しいのをつれてくるより、おとなしくて
どこにでもいるようなやつの数を増やしてくれよ」
その言葉にスカウトは肩をすくめて、
「なに言ってんだよ。おれが捕まえてくるから客が入るんだろ。
エサに困る? 檻が閉まらない?
知ったことか。それはお前らの問題だ」
飼育係たちはその場に来た園長をすがるように見つめ、
それに気づいた園長は答えた。
「うん、その通り」
ショートショート 534
●わや
「おい、いまテレビですげえのやってるぞ。見てみろよ!」
興奮した友人からの電話に、おれはとりあえずテレビをつけた。
『ごらんください!』
どこかの建物を映すカメラと、横で流れる女の声。
『人質をとって男たちが立てこもるビルの中、
屋上から特殊部隊が踏み込もうとしています。
さあ、どうなるのでしょうか』
全身黒ずくめの男たちが隣のビルから屋上に降り、
先に下りた男が後続を手招きするようなしぐさ。
『あっ、同時に脇からも突入するようですね。
成功するといいのですが……』
何人かが屋上の手すりに引っ掛けたロープから、
蓑虫のように壁を伝って行く。
『さあ、突入の準備が出来たようです。合図が出され、突入の……』
――ダダーン。
銃声。
蓑虫の男がぐったりとし、中に入って行った男たちも
つぎつぎと倒れるのが見えた。
そして窓際に犯人らしい男が出てくると、
自分の前に盾として連れてきた男を後ろから銃で撃ち、
ビルの下に突き落とした。
『なんてことでしょう! なんてことでしょう!』
女は興奮して叫んだ。
『失敗! 失敗です。犯人たちは特殊部隊を殺したのち、
人質も殺めてしまいました。なんて残虐な犯人。
それに、特殊部隊も安易な突入を決定し、
このような事態を想定しなかったのでしょうか。
あまりに考えが無いと言わざるを得ません!』
カメラ、後ろ後ろ!
突然男の声が小さく入り、振り向いたカメラに一瞬、
黒っぽい服をきた男が映った。男が手にした銃の台座が
振り下ろされると画面は砂嵐になり、
直後すぐそばで何か鈍い音と人のうめきが聞こえ――
マイクが壊されたのか、何の音も聞こえなくなった。
「おい、いまテレビですげえのやってるぞ。見てみろよ!」
興奮した友人からの電話に、おれはとりあえずテレビをつけた。
『ごらんください!』
どこかの建物を映すカメラと、横で流れる女の声。
『人質をとって男たちが立てこもるビルの中、
屋上から特殊部隊が踏み込もうとしています。
さあ、どうなるのでしょうか』
全身黒ずくめの男たちが隣のビルから屋上に降り、
先に下りた男が後続を手招きするようなしぐさ。
『あっ、同時に脇からも突入するようですね。
成功するといいのですが……』
何人かが屋上の手すりに引っ掛けたロープから、
蓑虫のように壁を伝って行く。
『さあ、突入の準備が出来たようです。合図が出され、突入の……』
――ダダーン。
銃声。
蓑虫の男がぐったりとし、中に入って行った男たちも
つぎつぎと倒れるのが見えた。
そして窓際に犯人らしい男が出てくると、
自分の前に盾として連れてきた男を後ろから銃で撃ち、
ビルの下に突き落とした。
『なんてことでしょう! なんてことでしょう!』
女は興奮して叫んだ。
『失敗! 失敗です。犯人たちは特殊部隊を殺したのち、
人質も殺めてしまいました。なんて残虐な犯人。
それに、特殊部隊も安易な突入を決定し、
このような事態を想定しなかったのでしょうか。
あまりに考えが無いと言わざるを得ません!』
カメラ、後ろ後ろ!
突然男の声が小さく入り、振り向いたカメラに一瞬、
黒っぽい服をきた男が映った。男が手にした銃の台座が
振り下ろされると画面は砂嵐になり、
直後すぐそばで何か鈍い音と人のうめきが聞こえ――
マイクが壊されたのか、何の音も聞こえなくなった。
ショートショート 532
●リサイクルマーク
「すまん」
おれに背を向けて一言、隊長が言った。
な、なんで、そんな……。
今まで敵として戦ってきた相手の親玉に、
一時手を組むようにもちかける、だって?
いくら敵の敵は味方とは言え、向こうだって本隊じゃない。
こぜりあいを続けてきた小隊の親玉が、
軍の意向もわからずにはいそうですかと
話に乗るわけないじゃないか。
生きてたどり着けるかどうかわからない上に、
ついたところで殺されるかもしれない。なんて損な役回りだ。
「だいじょうぶか。おれが行こうか。おれならきっと、なんとかできる」
学生時代からの親友が言う。
「ああ、おまえならきっとなんとかできる。
だから……だめだ。おまえは切れ者だ。
ここに残って隊のみんなを助けなきゃいけない。
それに、おまえの提案だ。これさえうまく行けば、
国の家族だってすくえるかも知れないんだろう?」
そうだ、だから、ここはおれが。
射撃も戦闘能力も低いが、体力だけはある……
「おれしか、いないんだ」
それでも震える腕で胃の底からわきあがってくる恐怖と戦っていると、
「なら、これを」
おれの後ろに来たあいつは、ヘルメットにマジックで何かを書き始めた。
「なんなんだ?」
「ちょっとしたおまじないだ。もし殺されかけるときがあるなら、
ヘルメットを回して後ろを前にしろ」
そして、おれは走った。
「くそ、撃つなこんちくしょー!」
両手を高く上げ、白い旗を振りながら。
「撃ってもいい、この手紙をおまえさんたちの大将に見せてくれ!」
敵の言葉で狂ったように叫びながら走った。
武器などはなにもない。敵意を見せないために、
ただ軍服だけをまとい、走った。
そのうち相手に銃をつきつけられ、
拘束されるように連行されたが、奴のおまじないのおかげか、
殺されることなく相手の小隊の親玉に会うことができた。
「なんだ、手を組めだと……!」
おれの手紙を見たそいつは憎々しげな目でおれをにらみつける。
「おまえたちが同志を何人殺したと思っている。
それが、横から別国が攻めてくるから手を組んで戦えと?
しかも不確かな情報で!」
「不確かだろうが、あいつが言ったんだ。
確かになったときにはもう遅い。
くそったれのお偉いどもは体面だけ気にして大事なことも見ずに、
時間だけ過ぎて共倒れになるってな。
その間、おれたちが食い止めなきゃいけない。
いがみ合ってる横から攻められて
国土に踏み込まれるわけにゃいかないんだ!」
「ばかか!」
目の前でヤニくさいつばをとばし、
「軍の命令はおまえたちを倒すこと。
それを無視して貴様らと手を組めば、わたしらは処刑ものだぞ」
「だが、あいつが言った。間違いはない!」
「なら、そいつを恨んで死ね。……切り捨てろ!」
死刑宣告。その瞬間、ふとあいつの言葉がよみがえった。
なんのまじないか知らないが、あいつの言うことに間違いはないはずだ。
「待ってくれ!」
おれはヘルメットを回し、後部を前に持ってきた。
それを見た男の顔は突然の驚きにゆがみ、肩を揺らして怒りだす。
……かと思いきや、声を上げて笑いだした。
「はっはっは。おまえが信じる男とは、よっぽどのばかか、切れ者か」
怒りよりも苦笑のように。
「そいつを切り捨てるのはやめだ。
外装をはがし、中身をよく洗って水を切り、
今度はわたしの伝令としてむこうに返してやれ」
「はっ!」
横にいた男たちが敬礼し、複雑な顔でどこかに連れて行こうとする。
なんだ……? ヘルメットになんのまじないが
こめられてたっていうんだ。
ヘルメットを手に持ち、見てみると。
そこには、リサイクルマークが書き込まれていた。
『この男は再利用可能です。捨てずに所定の手順に従って
リサイクルしてください』
「すまん」
おれに背を向けて一言、隊長が言った。
な、なんで、そんな……。
今まで敵として戦ってきた相手の親玉に、
一時手を組むようにもちかける、だって?
いくら敵の敵は味方とは言え、向こうだって本隊じゃない。
こぜりあいを続けてきた小隊の親玉が、
軍の意向もわからずにはいそうですかと
話に乗るわけないじゃないか。
生きてたどり着けるかどうかわからない上に、
ついたところで殺されるかもしれない。なんて損な役回りだ。
「だいじょうぶか。おれが行こうか。おれならきっと、なんとかできる」
学生時代からの親友が言う。
「ああ、おまえならきっとなんとかできる。
だから……だめだ。おまえは切れ者だ。
ここに残って隊のみんなを助けなきゃいけない。
それに、おまえの提案だ。これさえうまく行けば、
国の家族だってすくえるかも知れないんだろう?」
そうだ、だから、ここはおれが。
射撃も戦闘能力も低いが、体力だけはある……
「おれしか、いないんだ」
それでも震える腕で胃の底からわきあがってくる恐怖と戦っていると、
「なら、これを」
おれの後ろに来たあいつは、ヘルメットにマジックで何かを書き始めた。
「なんなんだ?」
「ちょっとしたおまじないだ。もし殺されかけるときがあるなら、
ヘルメットを回して後ろを前にしろ」
そして、おれは走った。
「くそ、撃つなこんちくしょー!」
両手を高く上げ、白い旗を振りながら。
「撃ってもいい、この手紙をおまえさんたちの大将に見せてくれ!」
敵の言葉で狂ったように叫びながら走った。
武器などはなにもない。敵意を見せないために、
ただ軍服だけをまとい、走った。
そのうち相手に銃をつきつけられ、
拘束されるように連行されたが、奴のおまじないのおかげか、
殺されることなく相手の小隊の親玉に会うことができた。
「なんだ、手を組めだと……!」
おれの手紙を見たそいつは憎々しげな目でおれをにらみつける。
「おまえたちが同志を何人殺したと思っている。
それが、横から別国が攻めてくるから手を組んで戦えと?
しかも不確かな情報で!」
「不確かだろうが、あいつが言ったんだ。
確かになったときにはもう遅い。
くそったれのお偉いどもは体面だけ気にして大事なことも見ずに、
時間だけ過ぎて共倒れになるってな。
その間、おれたちが食い止めなきゃいけない。
いがみ合ってる横から攻められて
国土に踏み込まれるわけにゃいかないんだ!」
「ばかか!」
目の前でヤニくさいつばをとばし、
「軍の命令はおまえたちを倒すこと。
それを無視して貴様らと手を組めば、わたしらは処刑ものだぞ」
「だが、あいつが言った。間違いはない!」
「なら、そいつを恨んで死ね。……切り捨てろ!」
死刑宣告。その瞬間、ふとあいつの言葉がよみがえった。
なんのまじないか知らないが、あいつの言うことに間違いはないはずだ。
「待ってくれ!」
おれはヘルメットを回し、後部を前に持ってきた。
それを見た男の顔は突然の驚きにゆがみ、肩を揺らして怒りだす。
……かと思いきや、声を上げて笑いだした。
「はっはっは。おまえが信じる男とは、よっぽどのばかか、切れ者か」
怒りよりも苦笑のように。
「そいつを切り捨てるのはやめだ。
外装をはがし、中身をよく洗って水を切り、
今度はわたしの伝令としてむこうに返してやれ」
「はっ!」
横にいた男たちが敬礼し、複雑な顔でどこかに連れて行こうとする。
なんだ……? ヘルメットになんのまじないが
こめられてたっていうんだ。
ヘルメットを手に持ち、見てみると。
そこには、リサイクルマークが書き込まれていた。
『この男は再利用可能です。捨てずに所定の手順に従って
リサイクルしてください』
ショートショート 531
●男子・女子
田舎の甥っ子姪っ子ふたりが、
休みだからとこどもたちだけで泊まりに来た。
都会でやりたいことも行きたいところもあったらしく、
言われるままに引っ張られて、いろいろおごらされたりもした。
せっかくの会社休みだってのに、もうへとへとだ。
そして最後の晩、甥っ子が不満そうにおれを見て口にする。
「ねえ、おじさん、なんであいつばっかりひいきすんのさ」
「わからないのか?」
その言葉におれは甥の肩に手を置いて、
「女子高生、女子中学生って聞くと
なにかさわやかであまずっぱい響きを覚えるのに、
男子高生、男子中学生だと無性に青臭くて汗臭い
嫌な気分になるのはなんでだろうな」
田舎の甥っ子姪っ子ふたりが、
休みだからとこどもたちだけで泊まりに来た。
都会でやりたいことも行きたいところもあったらしく、
言われるままに引っ張られて、いろいろおごらされたりもした。
せっかくの会社休みだってのに、もうへとへとだ。
そして最後の晩、甥っ子が不満そうにおれを見て口にする。
「ねえ、おじさん、なんであいつばっかりひいきすんのさ」
「わからないのか?」
その言葉におれは甥の肩に手を置いて、
「女子高生、女子中学生って聞くと
なにかさわやかであまずっぱい響きを覚えるのに、
男子高生、男子中学生だと無性に青臭くて汗臭い
嫌な気分になるのはなんでだろうな」



