文繰文庫 ショートショート ブログ版

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2008-09

ショートショート 580

●ヘタ

 学校からマンションに帰ると、
ちょうどエレベーターにあの子が乗るのが見えて、
おれはあわてて駆け込んだ。
 話したこともそうないし、今もほんの何秒かだけれど、
一緒になれる時間はうれしい。

 ……と。がたんと揺れてエレベーターが止まった。
しばらく待っても動き出す気配もなく、
あの子は振り返っておれを見た。
 ここはいいところを見せなきゃと、
初めて非常用ボタンとやらを堂々と押す。
が。応答はない。微妙な雰囲気が
この小さな箱の中にあふれはじめる。
「まあ、だいじょうぶだよ。たぶん立て込んでるだけで、
異常自体は見えてるはずだから」
 無駄な笑顔を作りながら、ふと思った。

 そうじゃなくて彼女が恐れているのは、
ここでおれとふたりきりになってることじゃないのか?
 そこでおれは無害ぶりをアピールしようと話しかけた。
「ここでぼーっとしてても微妙に不安になるだけだし、
なんか話でもしようか」
 ……と言っても、どんな話があるってんだ。
 瞬間、おれはテストのときにもできないくらいの速さで
過去の記憶をかきあさり、一つの話題を見つけた。
「そうそう、こんな話を聞いたんだけど」
 こほんと咳払いして、話し始める。
「『人喰いエレベーター』」

テーマ:ショートショート - ジャンル:小説・文学

ショートショート 579

●文化圏

 会社の人と乗り合わせて、旅行へ向かう車の中。
 夜の空気に合わせるように怖い話を誰かが始めた。
 幽霊、おばけ、車の陰……。
 どうしてみんなが楽しそうにしてるのかわからない。
耳をふさいでもう帰りたくなってきた。
「あ、そうそう。そう言えばこんな話」
 うう、もういいよぅ……。
「ある人が残業帰りの道で、変な音を聴いたんだって。
気になって見に行くとその音は神社の境内から……。
不安を感じながらも近づくと、白い着物を着た女が
木に何かを打ち付けていたらしい。
あまりの怖さにその場は思わず逃げ出し、
それでも翌朝見に行くと、木に打ち付けられた形代には
自分の名前。次の日、真夜中にこっそり見に行っても
やはり見覚えのない女が鬼気迫る顔で釘を打っている」
 そんなのに本当に遭遇したら怖いなあ。
「その人は自分が呪われていると悩みに悩んで……
ついには死んでしまったそうだ」
 いやぁああ〜。
「あはははは!」
 なぜかどっと笑い声。

「え? なんでそこで笑うの?」
 思わず訊ねると逆に驚いたような顔で、
「基本的に呪詛は誰かに見られちゃいけないだろ? 
特に人は鏡なんだし」
「え? え?」
 よくわからなくて聞き返すと、前から声。
「人って、自分の評価は他人の振る舞いを元に
理解してるのはわかる? 他人に誉められたら『いい人の自分』、
他人が嫌がるから『価値のない自分』」
「あ、うん」
「他人は自分を映す鏡なんだよ。
それが呪いをかけるなんてことしてる姿を映されたら、
その呪いは失敗、ヘタすれば
自分に反射しちゃうようなものじゃない」
 へえ、そういうものなの?
「だから、本来死ぬべきは呪いをかけていたほうで、
目撃したほうが気に病んで死ぬなんてお門違いだったってこと」
「そんなのわかっててみんな笑ってたの!?」
 激しく驚きながらも、笑いって文化なんだなぁ……と
頭の隅でしみじみ思うわたしがいた。

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ショートショート 578

●秘めた願い

 休日に家でごろごろしていたら、
高校時代の同級生が来ていると言われた。しかも女の子。
 おいおい、卒業から三年も経って、どんな愛の告白だよ。
 期待に胸を膨らませて飛び出したおれが、
そこに立つ姿を目にした瞬間……胸が音を立てて
しぼんでいくのがわかった。
「何の用?」
 訊ねるおれに、
「選挙のお願い」
 そいつはかわいくもない顔でにやりと笑った。

「……で」
 それなりにまとめられた話を聞き、
「おれに今度の選挙でそいつに投票しろと」
「うん」
「そいつがどんな考えでどんなことをやろうとしているかも
説明せずに、知り合いだからと訪ねて来て入れろと言うのは
どういう了見なんだ?」
 訊ねると、したり顔の口が動く。
「いいから。あんたみたいなクソ頭じゃ
あの方の崇高な考えを語るのももったいないし、
言ったところでどうせ理解できないでしょ。
考えるだけ無駄ってもんだし、
わたしたちが推すあの方にまかせておけばすべて安心。
四の五の言わずにおとなしく
『はいわかりました、たとえ何があろうともおっしゃるとおりに
投票させていただきます』って深々と頭を下げりゃいいのよ」

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ショートショート 577

●ひっかけ問題

 なにかの選挙が近づいてきたある日、
だれかが訪ねてきたので出てみると、
たぶんご近所の夫婦だろう二人組みが表に立っていた。
「どうかしました?」
 訊いてみたら、
「投票のお願いに来ました」
 聞きたくもない話を聞かされてみると、
どうやらどこぞの党の人間に入れてくれと言いに来たらしい。
 くだらないのに関わってしまった……。
 さっさと終わらせたくて一計を案じてみる。
「その人、それだけの価値があるんですか?」
 おれは訊ねた。
「もちろんです」
「なら、あなたたちの覚悟を見せてください。
政治だのなんだのはわたしには関係ないんです。
食うことにすら事欠くこの財布に、
いくらか救いをくれればよろこんで投票しますよ」
「でも、それは……」
「できないんですか? 口で言うことはできるけど、
実際自分たちの身を切ることになったら、
とてもじゃないけど応援すらできない、
その程度の人だと思っていいんですよね? 
仲間からもそんな扱いの人にはとても投票なんてできませんよ」
 言うと二人で目を合わせとまどうようすを見せたが、
最後には男のほうがためらいながらも財布を取り出し、
札を二枚ほど抜いて差し出した。
 それに一瞥をくれておれは言う。
「そういう行為、禁止されてるのも知らないんですか? 
票をもらうためには法律さえ無視する、
そんな応援者がいるようじゃ、
その代表もたかが知れてますね。
わたしが投票するに値はしません。もう帰ってください」

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ショートショート 576

●ひみつ

 ある日トイレに入ると、便器に血の雫。
 とりあえず用を済まして、前に入ってたおかあさんに訊ねた。
「痔?」
「うん、ちょっと」
 痔……。よくわからないけど、かなりつらいものらしい。

 そして母の日が近づいたあるとき、
テレビでコマーシャルを見たぼくは指差して訊ねる。
「プレゼントはこれでいい?」
 するとおかあさんは言った。
「痔でもないからいらない」

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ショートショート 575

●直球勝負

 売れ行きが芳しくない家電メーカーが、
デジタルカメラの売り上げをなんとか伸ばそうと
考えをめぐらせていた。
「あたらしい購買層を拓くいいアイデアはないか」
 あるお偉いは言った。
「なら、女性向けにスタイリッシュでコンパクトな商品を
開発してはどうでしょう」
 会議の一人が言うと、
「そんなものはすでに他社が出してしまっている」
 周りから声が飛んだ。
「なら老人向けでは」
「こども向けでは」
 さまざまな意見が飛び交ったが、決定打とはならなかった。
「他に誰かいないのか、だれか」
 不満そうな声に、今まで黙っていた者が手を上げた。
「では……今あるものをプリンタと組み合わせて、
『人に言えない写真を人目に触れずに印刷できる!』という
コンセプトで購買力のある中年男性層を狙ってはどうでしょう」

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ショートショート 574

●命より大切なもの

 朝の職員会議で伝えられたことには、
同じ学年の、違うクラスの先生が入院したとのことだった。
ストレスだろうか、胃はぼろぼろ、癌化しはじめていたらしい。
 ……無理もない。
 お上の思いつきだけでころころ変えられる学習指導要領、
それに合わせて作らなきゃいけない授業指導案。
お金がないのを理由にされて、専門以外の教科も担当させられ、
さらには朝早く、夜遅くまで部活の指導。
 自分のこどもにしつけすらできない保護者からつつかれ、
生徒からは無駄に反発され、力ある先生たちからは押し込められ。
時間も心にも余裕も逃げ道もない中での激務。
 それでも体を壊しそうなときに大事をとって休めば
自分だけ甘いとか自己管理ができてないとか言われる職場だ。
 ……その結果が、これ。

「ちょっとよろしいですか?」
 手を上げるわたしに集まる先生方の視線。
「最近道徳でやっている内容なのですが、
生徒だけでなくわたしたちも考えてみるべきだと思うのです。
それぞれにとって、『命の次に大切なものはなんですか』?」
 ひとりひとり顔を見回してから、言葉をつなぐ。
「そして、実際のふるまいとして、
『命よりも大切にしているもの』はなんですか?」
 思い当たる先生たちの顔が曇り、
わたしはとめられないため息混じりに口にした。
「わたしたちがこんな状態なのに、
生徒に命の重みを教えられるものでしょうか?」

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ショートショート 573

●命の次に大切なもの

『命の次に大切なものは?』
 道徳の授業で生徒に投げかけて、
書き終わったところで発表してもらった。
 お金、家族、愛……。
その子ならではの答えにいろいろ考えさせられる。

 そして留学生の子の番になると、彼は誇らしげに答えた。
「爆弾です」
 どっとわく教室に、本人も照れたように鼻をこすって言い直す。
「爆弾のほうが命より大事でした。
……じゃあ、死んだあとの名誉、です」
 冗談を言っていない純粋な目に笑いは
すっとひいていき、わたしは思わず訊ねた。
「待って。どうして爆弾が命より大事なの?」
 すると彼は、
「われらが神のため、偉大なる指導者が
命を使えとおっしゃるとき、ぼくは誤たず
爆弾を持って死ななければならないからです」

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ショートショート 572

●過労死

 道徳の授業で生徒に発問してみた。

『命の次に大切なものは?』

 それぞれ自分の立場で考え始めたけれど、
その中に考えるのではなく困っているようすの子がいた。
「どうしたの?」
 訊ねると顔を上げて、
「命の次に大切……ってことは、
命は大切っていうくくりに入るんだよね?」
「そうだよ、もちろん」
「そうかなあ」
 本気で眉を寄せて首をひねる。
「どうして? ほかにもっと大切なものがある?」
「あるよ。仕事でしょ、お金でしょ」
 ぴこ、ぴこ と数えるように指を立て、
そこからすーっと指を流して、
「命はそのずっと下」
「ええ〜、そんなことないよ」
 言うわたしの目を奥まで射抜くような視線を合わせ、訊いた。
「じゃあ、おとうさんがどうして死んだか教えて」

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ショートショート 571

●われを支えよ

「少子化を食い止めるために、そろそろ本腰を入れないとまずいな」
 と、お偉い政治屋の一人が言った。
「このままじゃ、社会保険がなりたたなくなるし、
翻ってわたしたちの金も減ることになる。
なぜ『国民』はこどもを生まないのか理解に苦しむな」
 それを聞いていた一人は言った。
「こどもが好きで生みたい人が
生むことができないことが問題で、
それを変えていこうという考えはないのですか?」
 その言葉に政治家は驚いた顔をし、こたえた。
「あるわけないだろう。福祉国家じゃあるまいし」

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