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ショートショート 112
●いのち
今日の家庭科は……調理実習。
ちょっと楽しいはずだったのに、
わたし(たち)は混沌の中にいた。
たんたんたんっ。
「ひいっ!」
まな板をしっぽで叩くアジ。
思わず身を引くと友達と肩がぶつかる。
そっとその肩を押すと
「ち、ちょっと……」
振り返ってわたしの後ろに来てしまった。
「ほらそこ~、包丁もあるんだし、不用意に逃げない」
先生の声。
「せんせ~……」
「情けない顔してもだめ~。
今日はグループで一匹開いてもらうからね。
ほら、せっかく活きのいいのをもらったんだから、
はやくはやく」
「え~」
「あ、落ちるよ」
見てみると、しっぽを振り続けるアジが
調理台の下へ身投げをするところだった。
「わ、わっ」
慌てて駆け寄り押さえるけれど。
魚はぬるぬるぴちぴちと手の下で
わたしを拒否しようと暴れる。
「うわぁ」
すごく怖くて気持ち悪くて、
思わず手を離そうとすると
「はい、そのまま~」
後ろから先生がわたしの手に手を重ねた。
「ほら、さばいちゃおう」
「ええええっ」
人の言葉がわかったように、激しく暴れる魚。
「やだ。やです! 待って、離して~!」
先生の手が離れ、わたしは必死に飛びのいた。
押さえつけていた手のひらには、ごわごわした魚のいのち。
殺さないで、殺さないで。
そう主張するように暴れた魚の感触が残っている。
「なーに、どうするの? いつも食べてるものでしょ?」
ぎくっ、とした。
いつも食べてる、わたしが食べたことのある、もの。
わたし、こんなの食べてたんだ……。
まな板を見ると、アジはさっきので疲れたのか、
かすかに息をしてどこかぐったりしている。
そっとそばに寄り、その姿を見た。
……ぴたん、ぴたん。
わたしがわかるのか、精一杯の力を振り絞って
しっぽを動かす魚。どこを見ているかわからない目が
わたしの奥を見つめ、殺さないでと
最後の抵抗をしているようだった。
「ごめんね……」
キミもつかまらなければ、別の人生……魚生? が
あったはずなのに。今まで生きてきたのが、
こんなとこにつれてこられて。
殺されるってどんな気持ち?
最後にその目に映るわたしを、恨まずに許してくれる?
わたしはふきんをそっと魚の顔にかけ、頭を軽く手で握った。
もうあきらめたのかあまり動かない魚。
「どうする? まず頭を落としちゃうの?」
頭……。
ごくっとつばを飲み込む。
包丁をにぎり、あたまの下へ……。
――ばだばだばだっ!
突然しっぽが激しく跳ねる。
「きゃあああああああっ!」
痛い! 痛いんだ。
「いやああああああ!」
ごめん、ごめんね。でも今離したら、きっともっと苦しいから。
わたしは叫び声も止められないまま、包丁を動かした。
「あああああああ!」
血が! 血が出てる。殺してる、わたしが殺してるんだ。
「あああああああ~……」
ごめん、ごめんねえ。
包丁を上げると、ごりごりと、
そしてぶちぶちとなにかを引き裂く振動が手の中に伝わってくる。
「ううううう」
ごめんね、ごめんね……。
返す刀で首元からおなかへ。
光を映すきれいな丸みに亀裂が走ると、
最後にぱたりとしっぽをふって、魚はそれきり動かなくなった。
「うう~……」
涙があふれて。
魚を殺した刃物を置くと、わたしは壁際に向かった。
窓ガラスに頭をつけ、止まらない涙をただ流す。
ぬぐおうとした手からはむわっとした
生臭いにおいがして、さらに涙があふれてしまった。
ひどいことをした。わたしは、ひどいことをした。
あんなにきれいな生き物を。
海の中でこそ輝くあのいのちを。自分勝手に汚して、
こんなところで殺してしまった。
食べるってこういうことだったんだ。
生きるってこんなことだったんだ。
手を握りこむと、ぬるっと魚のなごりがわたしを責めた。
「たまんねえ……」
そのとき、後ろでぽつりと抑えた声。
振り返ると一人の男子が目に怪しげな色を映して、
血だらけの手で自分の開いた魚を見つめていた。
今日の家庭科は……調理実習。
ちょっと楽しいはずだったのに、
わたし(たち)は混沌の中にいた。
たんたんたんっ。
「ひいっ!」
まな板をしっぽで叩くアジ。
思わず身を引くと友達と肩がぶつかる。
そっとその肩を押すと
「ち、ちょっと……」
振り返ってわたしの後ろに来てしまった。
「ほらそこ~、包丁もあるんだし、不用意に逃げない」
先生の声。
「せんせ~……」
「情けない顔してもだめ~。
今日はグループで一匹開いてもらうからね。
ほら、せっかく活きのいいのをもらったんだから、
はやくはやく」
「え~」
「あ、落ちるよ」
見てみると、しっぽを振り続けるアジが
調理台の下へ身投げをするところだった。
「わ、わっ」
慌てて駆け寄り押さえるけれど。
魚はぬるぬるぴちぴちと手の下で
わたしを拒否しようと暴れる。
「うわぁ」
すごく怖くて気持ち悪くて、
思わず手を離そうとすると
「はい、そのまま~」
後ろから先生がわたしの手に手を重ねた。
「ほら、さばいちゃおう」
「ええええっ」
人の言葉がわかったように、激しく暴れる魚。
「やだ。やです! 待って、離して~!」
先生の手が離れ、わたしは必死に飛びのいた。
押さえつけていた手のひらには、ごわごわした魚のいのち。
殺さないで、殺さないで。
そう主張するように暴れた魚の感触が残っている。
「なーに、どうするの? いつも食べてるものでしょ?」
ぎくっ、とした。
いつも食べてる、わたしが食べたことのある、もの。
わたし、こんなの食べてたんだ……。
まな板を見ると、アジはさっきので疲れたのか、
かすかに息をしてどこかぐったりしている。
そっとそばに寄り、その姿を見た。
……ぴたん、ぴたん。
わたしがわかるのか、精一杯の力を振り絞って
しっぽを動かす魚。どこを見ているかわからない目が
わたしの奥を見つめ、殺さないでと
最後の抵抗をしているようだった。
「ごめんね……」
キミもつかまらなければ、別の人生……魚生? が
あったはずなのに。今まで生きてきたのが、
こんなとこにつれてこられて。
殺されるってどんな気持ち?
最後にその目に映るわたしを、恨まずに許してくれる?
わたしはふきんをそっと魚の顔にかけ、頭を軽く手で握った。
もうあきらめたのかあまり動かない魚。
「どうする? まず頭を落としちゃうの?」
頭……。
ごくっとつばを飲み込む。
包丁をにぎり、あたまの下へ……。
――ばだばだばだっ!
突然しっぽが激しく跳ねる。
「きゃあああああああっ!」
痛い! 痛いんだ。
「いやああああああ!」
ごめん、ごめんね。でも今離したら、きっともっと苦しいから。
わたしは叫び声も止められないまま、包丁を動かした。
「あああああああ!」
血が! 血が出てる。殺してる、わたしが殺してるんだ。
「あああああああ~……」
ごめん、ごめんねえ。
包丁を上げると、ごりごりと、
そしてぶちぶちとなにかを引き裂く振動が手の中に伝わってくる。
「ううううう」
ごめんね、ごめんね……。
返す刀で首元からおなかへ。
光を映すきれいな丸みに亀裂が走ると、
最後にぱたりとしっぽをふって、魚はそれきり動かなくなった。
「うう~……」
涙があふれて。
魚を殺した刃物を置くと、わたしは壁際に向かった。
窓ガラスに頭をつけ、止まらない涙をただ流す。
ぬぐおうとした手からはむわっとした
生臭いにおいがして、さらに涙があふれてしまった。
ひどいことをした。わたしは、ひどいことをした。
あんなにきれいな生き物を。
海の中でこそ輝くあのいのちを。自分勝手に汚して、
こんなところで殺してしまった。
食べるってこういうことだったんだ。
生きるってこんなことだったんだ。
手を握りこむと、ぬるっと魚のなごりがわたしを責めた。
「たまんねえ……」
そのとき、後ろでぽつりと抑えた声。
振り返ると一人の男子が目に怪しげな色を映して、
血だらけの手で自分の開いた魚を見つめていた。
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