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文繰文庫 ショートショート ブログ版

フミクリフミクラはショートショートのはっちゃけ文庫。文部科学雀の朝十(朝の十分読書習慣)運動を応援しています

2020-07

ショートショート 327

●春 さくらのころ

 ひらひらと、淡い花びらが雪のように
そっと降りては地を彩る。風に揺れては濃く薄く、
その人の足元で遊ぶように桜色が綾を作っていた。

 ――ざあっ。
 柔らかな髪を揺らし、はかなげな枝を震わせ、
朝の冷たい空気が風花のように花片を散らす。
 軽く身をすくめ、それでも柔らかな笑みを浮かべて
まぶしそうに目を細める姿。
 ただ一瞬、空っぽの頭の奥に像を結ぶ風景を焼き付けながら、
わたしはぽかんと立ち尽くしていた。
 ほのかな花の香り、穏やかな陽の光。
流れる髪に映る色がわたしの中で永遠へと澄み切っていくのがわかる。

 行かないで、そのままでいて――

 ずっと見ていたいのに。この時間がずっと続けばいいのに。
 けれど、あの人は一歩一歩、花を愛しみながらも歩いて来てしまう。
 ……息が詰まる。
 胸にあるこの疼きはなんだろう。
もどかしいような、焼け付くような、せかされるようなこの気持ち。
 わたしに気づいたあの人は、優しげな笑みを浮かべ、
小さく会釈をして通り過ぎる。
 こぼれるかすかな香り。

 ああ、声をかけたい。声をかけなきゃ。

 胸に握る手、熱を持つ頬に、回ってしまいそうな頭。
息を止め、心にまだ残る言葉を探し――
 わたしは、搾り出すように、声を出した。

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