文繰文庫 ショートショート ブログ版

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2017-11

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ショートショート 712

●さ

 かつての戦争が終わった日、今年も記念式典が行われていた。
「たとえばお湯も煮立ったやかんに触ったわけよ」
 後ろのほうにいる男たちの一人が話す。
「まあ、これは熱い。やばい。じゅるっとした音と痛みの上、
手の皮がみずぶくれになるんだ」
「うぉう。痛いな」
「……というのを、経験のないおまえが別の奴に伝えてくれ」
「煮立ったやかんに触ると、水ぶくれになるくらいのやけどで
痛いらしいぞ、ってのでいいのか」
「うむ」
 男はうなづく。
「ならこの中でめめんほぷを食ったことあるのはいるか?」
 誰もいないのを見て、男は続けた。
「あれはうまいぞ。やわらかく泡のような不思議な口ざわり。
甘くて溶けて、体の隅まで生き返るような味だ」
 周りはごくりとつばを飲み込む。
「……って、話だ」
「なにぃ!」
「まあ、まて」
 男は手を振って、
「そこでおれは思うわけだ。これはおいしい要素を伝えただけで、
おいしさそのものを伝えてるのとは違うんじゃないかと」
「なんの話だ?」
「たとえば、山登りをしたことがない人間が、
山登りの楽しさを伝えられるものだろうか? 
『空近くまで自分の足で登るのが気持ちいい』。
でもそれは、『気持ちいい、らしい』の略だろう? 
ほんとにそれがどうなのか、自分で体験したとき
どう思うのかは知らないままだ。所詮は伝聞でしかない。
感情に近い言葉を伴って話される『~さ』って言うのは、
もっと自分の身から出るようなものだと思うんだよ。
楽しさ、嬉しさ、悔しさ」
「そう言われれば、そうかもしれんなあ」
 うなづく周り。
 その後ろ、式典の段に立つこどもが言った。
「ぼくたちは戦争の悲惨さを語り継ぎ、
二度とあの悲劇を繰り返さないようにします」
それを聞き、男は言った。
「あれを聞くたびに口惜しくてな。おれは成仏できんのだよ」

テーマ:ショートショート - ジャンル:小説・文学

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